タイトルが気になって思わず買ってしまった。酒井穣『自己啓発をやめて哲学をはじめよう』。こんなことをいわれたら、ちょっと読んでみたくなりません?

<自己啓発ビジネスというのは、非常によくできた、歴史のある貧困ビジネスです>と著者はいう。<貧富の格差(二極化)が進み、貧困に怯える人が増えるほどに儲かる仕組みになっています>

 引っかかりやすいのは意外にも大卒男子の正社員で、体育会系の背景を持っている人。一見「勝ち組」に見える彼らこそ、じつは貧困をもっとも恐れている層で、自己啓発のカモになりやすい。その背景には少子高齢化で衰退する日本と、衰退する社会での生き残りをかけた人々の不安がある。

 なるほどねえ。いいたいことはよくわかる。ただ、イマイチわからないのは彼がいう自己啓発とは何かである。例として何度もあがるのは「紙に書いた目標は達成される」という文言で、著者はそれを<オカルトの中でも低俗なオカルト>と切り捨てるのだが、そんな言葉聞いたことないなあ……と思って検索してみると、わっ、いっぱい出てきた、「紙に書く」系の主張。ハーバード大学の調査でも証明されている、というもっともらしい解説も。知りませんでした。お見それしました。

 とはいえ検索しないと全体像に近づけないのが、この本の弱さである。自己啓発の危険性を訴えるなら、その実像と問題点を具体的かつ実証的にレポートするのが先で、そうすれば自己啓発のインチキは自ずと伝わるはずである。

 そう、主張の内容とは裏腹に、本書の最大の欠点はまさに自己啓発書のような書き方で書かれていることなのよね。「自己啓発をやめて」の部分はまだしも「哲学をはじめよう」の段になると、話はますます抽象的になってくし。

 まあでも、東洋思想やポストモダンは自己啓発と相性がよいとのご指摘も、哲学の観点では<成功しない人のほうが大多数>というご意見もごもっともではある。副題は「その絶望をどう扱うのか」。そういう本です。

週刊朝日  2019年6月14日号