
しかし、ロシアで実際に発掘に参加し、資料調査を続けてみてわかってきた。大陸には、北海道の石刃鏃と同じ技術や形のものがほとんど見当たらないのだ。アムール川流域、沿海地方など、かつて伝播元とされた地域の同時代の出土資料からは、北海道と同じ道具を携えた先史文化は存在しないといえる、と確信するようになった。
ただひとつ、サハリン島の先史文化には北海道の石刃鏃とほとんど同じものがある。しかもその年代が、北海道よりわずかに古く8500年前に遡る可能性がある。じつは、古気候研究からは、約8200年前に北半球で広く気候の寒冷・乾燥化が起こったことが知られている。現時点のデータは、サハリンに早くに存在していた石刃鏃文化が、気候寒冷化の影響に伴う人の南下で北海道に影響し、両地域に共通する石刃鏃文化を生み出したというシナリオとなる。大陸からの文化の伝播はなかったのだ。

この例一つをとってみても、日本列島の文化は大陸文化からの一方的な影響で形作られてはいないことがわかると思う。日本国内の発掘調査や研究が進んでも、周辺大陸での調査研究がなければ、こうした結論を得ることができない。日本の歴史を知るには外の世界を知らなければならないのだ。やっぱり楽ではないけども、これからも海外調査をやめるわけにいかない。(文化庁文化財調査官・森先一貴)