蔡國強(ツァイグオチャン)は火薬を使った作品で知られる現代美術家。北京オリンピック開会式で打ち上げられた《歴史の足跡》を覚えている人も多いだろう。いまはニューヨークを拠点に活躍する蔡だが、福島県いわき市の人びとと縁が深い。川内有緒『空をゆく巨人』は30年にわたる両者の関係を描き、第16回開高健ノンフィクション賞を受賞した。
軸となるのは対照的なふたりだ。ひとりはもちろん蔡。中国・泉州で1957年に生まれ、86年、東京にやってくる。もうひとりは志賀忠重。50年、福島県いわき市に生まれ、地元で手広く事業を展開する。好奇心旺盛なだけでなく、実行力がともなう。自力で山小屋を建てたり、アメリカでハンググライダーを学んだり。おカネを稼ぐ才覚もあるが、何よりすごいのは人を惹きつけるその人格である。
88年にいわき市で出会って以来、志賀は蔡を手伝ってきた。たとえば蔡の作品に廃船を用いたものがあるが、海辺で船を見つけるのは志賀とその仲間たち。船を砂中から引っ張り出し、解体して海外の美術館に送り、現地で組み立てるのも志賀と仲間たち。彼らは、蔡に雇われたわけではなく、自分の仕事を休んで手弁当で手伝っている。いや「手伝う」というのは不正確かもしれない。参加する、一緒につくる、あるいは彼らも蔡の作品の一部。
志賀自身は絵心もなく、芸術に関心がない。それでも蔡の作品は志賀を夢中にさせ、いわき市の人びとの心をふるわせる。ともすれば難解で一般市民とは無関係であるかのように批判される現代芸術だが、実はとてつもない力を持っているのだ。
※週刊朝日 2019年1月25日号