室井佑月
室井佑月
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 作家・室井佑月さんが2022年を振り返る。

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 年末号に載るこの原稿を書いているのは12月11日。年の瀬は、慌ただしさが切なさを隠してくれているような気がする。

 いいや、隠しきれない。新年を迎え、なにもかも忘れて、真(ま)っ新(さら)な気持ちになぞなれるものか。

 安倍晋三元首相が銃撃されお亡くなりになったのは夏。彼を殺害したのは、宗教2世の山上容疑者。旧統一教会を恨んでの犯行だった。

 こんな事件が日本で起こるとは、そう誰もが思ったろう。

 あたしはこのコラムでも安倍元首相を批判してきたが、結末が惨(むご)たらしい暴力で終わりになるなんて、考えられる限りで最悪な終わり方だ。安倍さんは、選挙中の街頭演説を狙われた。あたしたちが大切にしている民主主義は、簡単に壊されるものなのだと感じた。

 せめて、ああいったことが二度と起こらないよう、国がカルト宗教を潰す動きになるのだろうと思った。

 しかし、それはすんなりいかず、11月の末に今度は社会学者の宮台真司さんが、暴漢に刃物で襲われた。逃げた犯人は知らない男だといっていたから、犯人が宮台さんを襲った理由は、「ものをいう人」だからなのかもしれない。

 そして、安倍さんの事件と、宮台さんの事件の間に、あたしの夫への殺害予告もあった。

 どうなっているのか? こういうことにも流行りでもあるのか?

 世の中は、ブッ壊れつつあるようだ。

 廃棄物の処理をどうするか決められないまま、新しい原発を作ろうという声が上がる。増えつづける困窮者対策をと訴えるおなじ新聞に、財源のよく分からない防衛費拡大の話が決められた話として載る。

 海外からきたカルト宗教の横暴、子どもを預ける保育園での虐待、子ども支援のNPO法人の代表者である牧師が覚醒剤で捕まる。もうなんでもありである。

 そういえば、宮台さんの事件を受けて、作家の島田雅彦さんがご自分のTwitterでこんなことをいっていた。

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