一家4人の平凡な日常をただ追っているだけなんだけど、共感する女性はけっこういそう。椰月美智子『さしすせその女たち』は共働き家庭における妻と夫の果てしないバトルを描いた小説だ。
米澤多香実は39歳。デジタルマーケティング会社でウェブサイト向けの広告などを担当する部署の室長である。夫の秀介は40歳。食品メーカーの営業課長である。二人の間には5歳と4歳の子どもがおり、保育園に送るのは夫、お迎えは妻。とはいえ、家事や育児をめぐる二人の争いはたえない。
ある日、てんてこ舞いのあげくスーパーで調達した夕食を見て夫はいった。<はあ? 弁当? 体調悪くて疲れて帰ってきたのに弁当かよ>。<作ってる時間がなかったのよ>と妻は言い返す。さらに追い打ちで一言。<片付かないからお風呂入っちゃってよ>
しょうもない夫婦のやりとりでも、積み重なればストレスになる。夫と仲睦まじい大学時代の友人に<夫婦がうまくいく秘訣を教えてほしいわ>と問う多香実。すると彼女はいったのだ。<さしすせそ、を使うの><さすが、知らなかった、すごい、センスある、そうなのね、のさしすせそよ>
試してみると、たしかにそれは効果てきめんだったのだが……。
女子力アップを目指す自己啓発書などに出てきそうな、コミュニケーション術。しかし、かえってストレスがたまらない?
実際、離婚経験者のママ友は、自分なら<さようなら、死ね、簀巻きにしてやる、性癖最悪、そばに寄るな>だと物騒なことをいい、ある夜、夫に迫られた多香実も<触るな、しばくぞ、好きじゃない、セックスなんて二度とするか、そんな気さらさらない>。
<ほめて育てるのは子どもだけで充分だ。仕事をこなし、二人の子どもの世話をして、ほとんどの家事を担っている自分が、なぜ夫を持ち上げなくてはならないのだろうか。おかしな話だ>
ほんとほんと。おだてに弱い会社の管理職とか、中央官庁のお役人とか、スポーツ界の重鎮とかにも聞かせたい台詞である。
※週刊朝日 2018年8月31日号