私は、尊敬する建築史家、藤森照信氏をまねて「建築探偵団」を結成することにした。目的は、都知事時代の石原慎太郎氏が「古い、汚い」と評した今現在の建物に、ピカピカの竣工時の偉容をよみがえらせ、その背景を探ることだ。資料読み、問い合わせ、歩き、と地味な作業となるが、「アタシはタンテイ」と暗示をかければ、気分もはずむ。
資料から当時の工事担当者名簿を見つけ、行方を探し、片っ端からメールで問い合わせる。当たるも八卦、ときに問い合わせに応えてくれる方にぶつかる。鉄とコンクリートのかたまりのような巨大建造物が、埋め立て直後の土地にどうして可能になったのか。窓には英国製の網ガラスを使ったというが、それを探す方法。水産仲卸のあかずの窓は、かつては自動開閉の最新スタイルで、当時のパンフレットを見せてくれた方も現れた。真実は細部に宿る、探偵冥利に尽きることが次々に起こった。
さらに、冗談半分の「探偵団」に団員ができた。これがまた建築を学ぶ優秀な人材ぞろい。
「フクチさん、ボク、築地のトレイン・シェッドで論文を書こうと思ってるんです」などと言う。
「なに、それ」と、団長である私のふがいないこと。
「19世紀末に流行した欧米の駅舎のスタイルで、築地のセリ場、元プラットホームはそれなんです」という説明に、内心ほくそ笑む。そこに往年の女優ローレン・バコールが立てばヨーロッパの駅舎風景、と言い散らかしてきたが、けっこう核心をついてたことになる。
そのプラットホームやさまざまな事務所が入る本館は株式会社鴻池組、水産仲卸棟は株式会社大成建設が担当、それぞれに建築プロセスの貴重な写真も提供していただいた。巨大鉄骨を組み立てていくスぺクタクルな映像だ。
楽しきかな、建築探偵団。最先端の技術と機器で装備された竣工時の築地市場、その偉容が目に浮かぶ。
18年の春。居心地悪そうにしてた本に、新版の声がかかった。新たな移転年度に変えて『築地市場クロニクル完全版 1603~2018』。今度こそ、築地市場は閉場となるので、完全版の言葉がはいる。建物については、建築探偵団の活動結果をいっぱい盛り込むことにした。