俳句ではすっかり冬の季語の時期となりました。今年は木枯らしの到来も早くて、日に日に風の冷たさも増しています。自然豊かな日本では冬の風に関する季語も多様で、「虎落笛」「鎌鼬」「北颪」もその一例です。何と読むかご存知ですか?加えて意味も探ってみましょう。

日輪の月より白し虎落笛

「虎落笛」は、「もがりぶえ」と読みます。冬の寒風が柵や竹垣に吹き当たって鳴る現象ですが、ヒューヒュー、ぴゅうぴゅうという風の音を思い起こすと実感が湧きますね。「もがり」とは本来、貴人を仮葬した場所である殯宮のこと。それを囲う竹垣をも表すようになり、さらに中国で虎を防ぐ柵を意味する「虎落」の字を当てたそうです。
虎落笛は物理的には、障害物の風下側にできるカルマン渦によって起こるエオルス音を指します。このエオルスの名は、ギリシア神話の風神アイオロスAiolosに由来するもの。東洋的メタファーにも西洋的ネーミングにも、風に込められた物語を感じますね。
では虎落笛の俳句をいくつかあげて見ましょう。
・女ゆゑ夜叉ともなりぬ虎落笛     佐藤鬼房
・燈火の揺れとどまらず虎落笛     松本たかし
・さみしさに星を探しぬ虎落笛    根津しげ子
・鉄橋を一塊として虎落笛       鷹羽狩行
・子のこゑに憑かれさまよふ虎落笛   羽田岳水
・日輪の月より白し虎落笛        川端茅舍
・もがり笛風の又三郎やあーい    上田五千石

「日輪の‥」は、昼でも太陽が寒風に吹かれて白々とした世界が表現されています。最後の句は、「どっどど どどうど どどうど どどう」で始まる『風の又三郎』をすぐに連想しますね。風のオノマトペイアといえば宮沢賢治です。

鍵穴をぬけてあやふし鎌鼬

「鎌鼬(かまいたち)」は、道などを歩いているときに、突然鋭利な鎌で切ったような傷ができる現象のこと。江戸初期の仮名草子にも、エピソードとして載っていました。特に雪国地方でみられて鎌鼬という魔獣のせいだといういう言い伝えも残り、越後の七不思議の一つとされています。傷の理由については塵旋風、真空説、電気説、気圧の急変など諸説あり、その旋風をカマイタチともいいます。

・御僧の足してやりぬ鎌鼬        高浜虚子

「してやる」は企みをうまくしおおせるという意味です。まるで妖怪の意志があるかのごとき詠みぶりですね。

・鎌鼬萱追ふ人の倒れけり       水原秋桜子
・三人の一人こけたり鎌鼬       池内たけし
・鎌鼬人の世にある怨みごと     土田祈久男
・かまいたち仏に花を怠れば       黛 執
・広重の富士は三角鎌鼬       成瀬櫻桃子
・鍵穴をぬけてあやふし鎌鼬      筑紫磐井

「広重の‥」は風の勢いを視覚で見立てて面白く、「鍵穴を‥」は風の通り道を表す技法が光ります。

行くさ来さ中山道は北颪

「北颪」は「きたおろし」と読み、冬のおおむね天気の良い日中に吹く、北方の山から吹きおろす冷たい強風を意味します。空(から)風も同義。各地の山から吹き降りてくる颪を表した赤城おろし、筑波おろし、六甲おろしなども季語となります。

・行くさ来さ中山道は北颪        三橋敏雄
・一族の滅びの墓群北下ろし     柴田白葉女
・から風の吹きからしたる水田かな    桃 隣
・ボルシチ煮るシベリア颪吹く街に  渡辺千代子
・葱はこの赤城颪に甘くなる     池田ちや子
・鷹わたる蔵王颪に家鳴りして   阿波野せいぼ
・比叡おろし駅伝走者のごぼう抜き   石田修岳
・酒汲まん男体(なんたい)颪荒るる夜は     岡田日郎

固有の山が登場すると、ぐっと鮮やかで地域色豊かな風景が目に浮かびますね。
ますます厳しい寒さに向かう折、風は受けて立っても風邪にはかからぬよう、この冬も体調管理に心がけて乗り切りましょう。

<俳句の引用と参考文献>
『新日本大歳時記 カラー版 冬』(講談社)
『読んでわかる俳句 日本の歳時記冬・新年 』(小学館)
『角川俳句大歳時記「冬」』(角川学芸出版)
『第三版 俳句歳時記〈冬の部〉』(角川書店)