■変わらぬ街と変わらぬ母校に口ずさむ賛美歌

 母校の青山学院大学は、表参道交差点の労組本部と反対側、渋谷の方へ歩くと左にある。周囲のビルはいくつか建て替えられたが、街の雰囲気は変わっていない。一昨年に学院の理事になり、30年ぶりくらいに訪れた。以来、月1回の理事会に出ている。人生のキーワードになった「青山」との縁は、続く。

 学校の正門から続く並木道も、変わっていない。キリスト教プロテスタント系の学校で、歴史的な建物が2、3あり、神学部の校舎だった建物にツタがからまっている。ペギー葉山さんが歌って大ヒットした『学生時代』の歌詞「ツタのからまるチャペル~」のモデルとされ、大学の本部事務所になっていた。

 1951年11月に松本市で生まれ、キリスト教系の幼稚園へ通い、賛美歌に触れた。クリスチャンにはならなかったし、大学で礼拝堂にいかなかったが、賛美歌が耳に入った。自らの歩みでキリスト教の存在は、小さくない。最近、「社員が幸せでないと経営ではない」という立ち位置にいるのも、それが背景にある。たまに賛美歌を口ずさんでいる自分に、気づく。

 入学した71年は学生運動が激しかった時期で、キャンパスは学生にロックアウトされ、登校するのは週2日くらいだった。部活は武道に興味があって合気道、アルバイト先は大学から歩いていけるスペイン料理店。週に2、3度は夜に働き、楽しみは仕事の後の食事。シェフが客に出すのと同じ食材や調理で、「パエリア」などを食べさせてくれた。下宿生活だったので、大いなる魅力だった。

 順風満帆のように映るかもしれないが、思い悩んだこともある。とくに95年秋から7年、課長から部長、担当執行役員まで務めた人事部門のときだ。人事制度の改革を進める陰で、「自分は将来どういうビジネス人生を送っていけばいいのか」と悩み続けた。営業部門で始まり、労組という全く違う世界へいき、どちらもたくさんのことを学び、充実感があった。

 ところが、突然の人事課長という辞令に「人事とは何か?」との疑問から悩みが始まる。ある日、自宅近くの書店でデール・カーネギー著の『人を動かす』と『道は開ける』の2冊が目に入り、買ってみた。読むと、『人を動かす』に「人を非難する代わりに理解するように努めると、人は動くよ」とあり、気が晴れた。「Again」で寄ったスペイン料理店の跡のバーで、そんな日々を思い出す。

 事業子会社のアサヒビールの社長を4年8カ月、持ち株会社のグループHD社長を5年、そして会長3年目のいまも、社内で行き交う社員たちに何気なく話しかける「声かけ」が続く。相手の反応から、社内の不満や悩みを探っている。『源流』となった「声なき声を聴く」の言葉から、身に付けた一つだ。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2023年5月1-8日合併号