これがふたたび息を吹き返したのは、桓武天皇の子孫であり、千葉氏第一代の祖・平良文によるとされます。桓武天皇の庶子・葛原親王の孫である高望王(たかもちおう)が平姓を賜って上総介として昌泰元年(898)東国に下り、息子等とともに上総、下総、常陸一帯を治めるようになります。延長元年(923)、高望とともに関東に下らなかった五男、良文が下総に下りました。「千葉伝考記」によれば、良文が後の千葉氏の第一代となります。やがて兄である常陸大掾国香、上総の良正らと、良文・甥の将門の不和が勃発、国香と結んだ源家をふくめての一族同士との戦いに突入していきます。後にこれは朝廷を震え上がらせた平将門の乱(天慶の乱)へと発展していくのですが、それ以前の戦いで、窮地に陥った良文を助けたのが、童子に姿を変えた北斗七星妙見菩薩であった、と伝えられます。


以来良文は妙見菩薩を信仰し、もともとこの地にあった八幡神とも習合して、 武士団・千葉一族の守護神となっていきました。
ところで妙見信仰は伝来当初は、畿内の南河内など辺りでの信仰されていたようで、おそらくその当時物部氏の氏神である事代主(ことしろぬし)とも習合しています。なぜなら、事代主とは、最高神の言葉を下ろす(代弁する)人、という意味であり、つまり天之御中主大神の寄り代であるからです。そして、事代主の別名は一言主。人が一言言葉を発すれば、その願いを聞き届ける神、とされ、そして妙見大祭の別名は、「一言妙見大祭」。物部氏の氏神であり、日本の本当の武神の頭領である布都主(ふつぬし)を祭る香取神社の神域に、千葉神社が鎮座したしたことともかかわりがあるでしょう。
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