『月と散文』(KADOKAWA 1760円・税込み)は又吉直樹さんにとって、10年ぶりのエッセイ集だ。エッセイといっても架空の会話や短編小説の趣があるものなど、形式も長さも自在な66編が収録されている。
「どう説明したらいいんでしょうね。エッセイ集では伝わりにくいような気もして。僕が日常で考えていることや記憶について自由に書いた本、みたいな感じです」
子ども時代の家族の外食の記憶に始まり、好きなように生きる父と気を遣う母の出会い、父との別れに至る私小説のような一編もある。他にも緊急事態宣言下での一人暮らし、「芸人が小説を書いた」という部分だけで語られて書店が怖くなったときのことなど、個人的な話が明かされている。
本作りに注ぐ熱量には驚かされる。会員制のネットのオフィシャルコミュニティ「月と散文」に連載した原稿から約80本を選び、削ったり書き直したりしたうえ、新たに10本以上を書き下ろした。
「原稿があふれている状態なのに新しい原稿をどんどん投入して選択をより難しくしながら進めていきました」
それが密度の濃さにつながった。お笑いのライブはチケット代に見合う舞台にしなければ次は来てもらえない。そう考えてずっと活動してきたから、本作りでも読者を裏切りたくないという気持ちが強い。
「連載をそのまま本にしてうまくいく場合もあるけど全体の流れにもこだわりたい。これもお笑いライブで学んだことです」
というのは、10分のネタが抜群に面白い先輩芸人の単独ライブを見に行ったとき、1、2本目は笑ったのに3本目で飽きてしまった。以来、全体の流れに変化をつけることを意識してライブをやってきた。本の構成でも同じことを考えたという。
現在も継続中のオフィシャルコミュニティでは「書き物」「自由律」「実験」の三つを毎週発表している。自分のお笑いライブが2年前に100回を迎えて一旦終了したので、コーナーやコントを考える代わりに文章を書くことにした。