昔から「歴史に学べ」とよく耳にしてきたが、その「歴史」に無知であれば当然、先人たちが遺した教訓は学べない。たとえば、戦前の治安維持法の実態をまったく知らない人は、国会で審議中の共謀罪法案が孕む危険性に気づきにくいかもしれない。

 では、改憲論議についてはどうだろう。山崎雅弘の『「天皇機関説」事件』は、私たちが学ぶべき憲法にまつわる重要な歴史を詳しく、時系列に紹介している。

 1935年2月、当時の憲法学の第一人者で天皇機関説を主張する美濃部達吉が、国会で右派政治家に糾弾されたことに端を発するこの事件。彼らは現人神である天皇を「機関」とする説を排撃し続け、在郷軍人も連動し、美濃部の代表的な著作を不敬罪にあたると告発までして発禁に追いこんだ。そして同年9月、美濃部は貴族院議員を辞職する。

 天皇も認めていた憲法学の定説の提唱者を、たかだか半年余りで窮地に陥れた天皇機関説事件。国際連盟からの脱退によって孤立化を深め、国粋主義者が勢力を増していた時代とはいえ、こんな短期間に、国民は言論や学問の自由を奪われたのだ。立憲主義も事実上停止した。一方、機関説排撃派は国体明徴運動を展開し、たとえ天皇の意に沿わないことでも「国体」を前面に出して押し切るようになり、無謀を重ねて国を破滅へと導いた。

 憲法で規定された枠から外れるような行動は、それが選挙で選ばれた政治家であっても許されないとする立憲主義。これが崩れたら社会はどうなるか、天皇機関説事件とその後の歴史が教えてくれる。今こそ歴史に学ぶ時である。

週刊朝日  2017年6月2日号