そこに映ったのは、見慣れたペンギンのイラストだった。
2016年9月7日(日本時間8日)、サンフランシスコで開かれたイベントにおいて、アップルは新型スマートフォン「iPhone7」を発表した。
壇上に立ったアップルのフィル・シラー上級副社長は、同社が手がけるモバイル決済サービス「アップルペイ」の日本での開始と、そのためにiPhoneをSuicaに対応させることを宣言した。深夜のインターネットライブ配信で発表会の模様を見守っていた私は、画面に大映しになったSuicaを見て、「これは革命だ」と思った。
2001年11月にJR東日本によってサービスが開始されたIC乗車カード/電子マネーであるSuicaは、私たちの生活の中でなくてはならないものになっている。2016年3月末現在で、その発行枚数は約5700万枚、利用可能店舗数は約34万店舗(JR東日本決算説明会資料より)。同じIC乗車カードである「PASMO」(関東地方を中心とする私鉄など)や「ICOCA」(JR西日本)、「TOICA」(JR東海)などとの相互利用もなされ、日本全国で利用可能なお化けカードだ。
私は2005年に、『電子マネー戦争 Suica一人勝ちの秘密』(中経出版)を上梓したが、題名にかかげたとおり、当時のSuicaはまさに無敵な存在に見えていた。しかし期待に反して、その後の歩みは、決して芳しいものではなかった。それどころか、消滅の危機にまでさらされていた、といったら驚かれるだろうか。
Suicaなど日本の「非接触ICカード」に採用された規格である「FeliCa(フェリカ)」(開発したのはソニー)は、実は日本の他はアジアの一部で使われているだけのローカル規格に過ぎない。世界においては、欧米メーカーが主導している「NFCタイプA/タイプB」が主流だ。そのため世のグローバル化の進展の中で、近年は「日本でもNFCが主流になる」という声が高まっていた。いつしかSuicaは、日本でしか通用しない「ガラパゴス」の象徴と揶揄されるようになっていたのだ。
こうした状況を脱するための起死回生の一策こそ、グローバルの権化ともいえるiPhoneへのSuica搭載だった。その交渉から開発の過程は厚いベールに包まれていて、なかなかうかがい知ることができないが(「アップルから箝口令が敷かれている」とささやく関係者もいる)、私の取材によれば、JR東日本は背水の陣で臨み、グローバルとローカルのせめぎ合いの果てに、ついにその執念を実らせたのだ。