金沢刑務所。「不適切な医療」や、女性医師たちが公益通報を行った点について問うと、「施設運営上の観点からお答えは控えさせていただく」(総務部)
金沢刑務所。「不適切な医療」や、女性医師たちが公益通報を行った点について問うと、「施設運営上の観点からお答えは控えさせていただく」(総務部)

公益通報への報復人事か、矯正医療の根本が揺らぐ

 この時期の突然の転勤辞令は、通常の人事では考えられない。しかも、男性医師は辞令の3週間ほど前、身上調書で家族の病気を理由に転勤できない、転勤の場合は退職せざるを得ないと伝えていた。「公益通報に対する報復人事としか考えられない」と話す男性医師は、退職する考えであると共に法的手段も考えている。

 いま東京拘置所は、医師や薬剤師が減少したことで、残った医師に負担がかかり安心して働ける状態ではないという。男性医師は訴える。

「今回の件は個人への報復にとどまらず、組織全体の問題として捉えるべきです。公益通報がなされる背景には、職員が声を上げざるを得ない状況があります。医師が安心して働ける環境でなければ、最終的には矯正医療の根幹が揺らぎかねません」

 相次ぐ公益通報を、法務省矯正局はどう考えているのか。矯正局は、本誌の取材にこう回答した。

「個別の公益通報についての回答は差し控える」(同局総務課)

 矯正施設の医療問題に詳しい龍谷大学の赤池一将名誉教授(刑事法学)は、「法務省は、医師による公益通報を重く受け止めるべきだ」と批判する。

 日本の矯正施設は「自己完結主義」といい、所内の運営を職員だけで完結させ、可能なかぎり外部との関わりを全て遮断する密行主義がとられている。所長を頂点とするトップダウンの運営体制は、被収容者の「生殺与奪の権」を握るほど強大で、職員にも強い影響力を持つ。それゆえ、公益通報が必要なのに困難な職場となっていると赤池名誉教授は言う。

「その中で、刑務所や拘置所の医療現場を『理不尽』と感じた医師が公益通報に踏み切ったのは、外部の医療や人権の水準との大きな乖離に耐えられなかったためでしょう。法の求める社会と同等の医療を実現するには、改革に成功した国々を参考に、施設医療の監督権限を地域の医師会に委ねる等の抜本的な改革が求められます」

(AERA編集部・野村昌二)

AERA 2025年8月11日-8月18日合併号より抜粋

こちらの記事もおすすめ 【もっと読む】カビだらけの診察室、糖尿病患者にインスリン突然中止 「死ななければいい」罪を犯した人の命を軽視する現場
[AERA最新号はこちら]