作家・長薗安浩さんの「ベスト・レコメンド」。今回は、『五月 その他の短篇』(アリ・スミス著、岸本佐知子訳 河出書房新社 2200円・税込み)を取り上げる。
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アリ・スミスの『五月 その他の短篇』には12篇の物語が編まれている。主人公はどれも女性で、舞台はほぼスコットランドかイギリス。全作を読めば一年が巡る構成になっているのだが、そんな概要は彼女の作品の魅力とは関係ないだろう。
明晰でリズム感のある文章ながら、どの作品も数行、あるいは数ページ読んだだけで頭の中に“?”が生じてくる。原因ははっきりしている。いつの間にか話者が入れかわる、時系列が移動する、複数の話が重なる、遠景と近景が切りかわる……ことわりもなく、さも当然のように。そして、私の脳は“?”を解消しようと作品にぐいっと引きこまれ、勝手に再読や精読に励みはじめる。
作者もそこを狙っているのだろう。巻頭の「普遍的な物語」などは、主人公を設定するたびに<いや待て。ちがうな>と次々に打ち消し、読者の困惑を引きつれて物語を進めていく。しかも、こちらの頭に浮かぶ展開をことごとく裏切りながら。
12篇のうち半分ぐらいは、読み終えたとたん私の頭に“!”が現れた。作者の企図を理解し、なるほどねぇ、などと感嘆の声をあげたりもしたが、途中、これはどう終わらせるのかと不安を覚える作品も多かった。そう感じるほど彼女の小説は自在で先が読めず、中には、終わってみればそこが始まりのような、奇妙な余韻を残すものもあった。ちなみに、最後の作品のタイトルは「始まりにもどる」だ。
奇想とユーモアと描写力に満ちたアリ・スミスの短篇集は、短篇の自由さと小説を読む愉しみをたっぷりと味わわせてくれる。まだ“?”が残る作品がいくつもあることを、私は素直に喜んでいる。
※週刊朝日 2023年4月28日号