田中角栄元首相
田中角栄元首相

「田中先生は魔神ですよ」

 あの頃の世相は、51年後の今と重なる。

 石破が地方創生のお手本とする、田中の日本列島改造論は、地方の土地投機を横行させ、深刻な物価高騰を招いた。そこに第4次中東戦争による第1次オイルショックが追い打ちを掛けた。時の大蔵相、福田赳夫が「狂乱物価」と名付けるほどの騒ぎになったのである。さらに、世界中がニクソン・ショックの後始末に追われていた。

 ところが、田中は経済失政を続けてしまう。

 物価高、原油高、物不足、米価低迷、金権批判、強い野党、保守分裂、対米外交……。支持率20%台でも虚勢を張っていた庶民宰相は、最後は庶民の怒りに敗けた。

 74年の田中と同じく、参院全体で「与党多数」の死守を目指す石破に、「父」ほどの蛮勇は見られない。だが、安い備蓄米と2万円のバラマキだけを頼りに、田中の怨念を晴らすのは容易ではない。

 筆者は、田中政権の末路を新人議員の頃に直視し、権力者の栄枯盛衰を知悉している小泉純一郎から、こう教わったことがある。

「政権の変わり目は参院選挙だ。衆院選挙じゃない。参院選挙がある年に何かが起こるんだ」

 たしかに前出の田中(74年)も、竹下登・宇野宗佑(89年)も、橋本(98年)も、そして森(2001年)も、参院選の年に散った。

 まな弟子の安倍は07年の参院選で退場したが、総理再登板後の13年、巳年選挙で「一強」の礎を築いた。その時の党幹事長こそが石破だ。

 一方、民主党政権も10年の参院選敗北が致命傷になった。当時財務相だった立憲民主党代表の野田佳彦にも、政権の急所は見抜けるはずだが、小泉理論とは逆を行く。今回は、あくまで政権奪還への「ステップ」としか考えていない。

「政権を狙わない野党に、存在価値はない」

 田中の一番弟子、小沢一郎(立憲)からこう忠告されても、野田は内閣不信任決議案の提出を拒み、石破との全面戦争を避けた。

 歴史は繰り返し、過去の悲劇は喜劇として再演されるという。リーダーたちは歴史と葛藤しながら、「父」を生かすか殺すかの選択を迫られる。そんな夏になる。

 かつて石破は、筆者のインタビューにこう答えた。

「田中先生は魔神ですよ。あの真似は誰にもできません」

 いずれにしても、参院選の後には、政権の変わり目となる何かが起こるだろう。「何か」を決めるのは、私たちの一票なのである。(文中敬称略)

(ノンフィクション作家・常井健一)

こちらの記事もおすすめ 【参院選「全選挙区当落予測」つき】参政党は全国で「3」取る可能性も? 鹿児島は「自民」に禍根…「尾辻氏の三女」は競り勝つか
[AERA最新号はこちら]