中学受験に向け勉強する男児(提供写真)
中学受験に向け勉強する男児(提供写真)

 学校は、「特別支援学級病弱教育部門」に転校になった。それまで通っていた公立の小学校に、オンライン授業の交渉もしたが、そこまでの対応ができないとのことだった。担任の先生は、「いつでも戻ってきていいよ」という意味を込めて、卒業まで教室に席を確保してくれたが、そこに座ることは叶わなかった。転校したといっても、クラスメートがいるわけではない。病室に1日90分、週3回、先生がきてくれて勉強をした。

 学校の勉強に加え、中学受験は、病気になる前から目標を定めていたことだ。入院が延長されるたびに「受験は難しいかもしれない」と医師に言われたこともあったが、病気のせいで諦めたくなかった。それまで通っていた塾ではオンライン対応ができないと言われたこともあったが、母親がオンラインで病室からでも受験勉強ができる塾や先生を探してくれた。

 受験できる学校を探すのも大変だった。受験や入学後の授業の対応が十分でないところも多かった。だが、もともと第1志望と思っていた学校は、受験の時は他の受験生とは別の教室で個別対応してくれ、内申書の出席日数が足りない部分も配慮して評価してくれるとのことだった。彼は言う。

「たくさんの先生たちが応援してくれたからのりこえることができた」

 超難関といわれる中学受験を突破し、いま、ほかの友達とできるだけ同じように学校に通う。体調を考えると脂質量のコントロールが必要だから、ランチは工夫しながら食べる。体育には参加できない代わりに「他のことやっていいよ」と言われ、本を読んだり好きなことをしたりしている。いろいろなサポートで楽しい学校生活が始まっている。

 白血病になって、学校の制度がどうして病気の子どもたちに冷たいのだろう、病院はなんでこんなに汚くて暗く、四角四面にルールでがんじがらめにするんだなど、もっとこう変わるといいのに、と気づいたことがたくさんあった。個々の先生や医師たちは「自分でできることは何でもやってあげたい」と言って交渉してくれるのに、個人情報や平等を理由に最終的には断られることが続いた。それでも、多くの友達や先生、病院関係者のサポートがあったからこそ自分は頑張れて、いま楽しい学校生活が送れている。これらの思いを今度は自分が社会に役立てたいと思っている。

 これからは、もっと勉強して、研究者になり、世の中に役立つものをつくりたい。痛くない注射やカテーテルを付けたままでも水泳ができるような技術とかもいいかも、と語る。

(AERA編集部・木村恵子)

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