
吉田:見学に行った際、李(相日)監督も「思ってもいなかったところで笑っていた、いい表情が撮れた」と仰っていましたよ。僕にとっての大スターは、普段は無愛想で、どこか周りを緊張させるような人。でも、ふとした瞬間にニコッと笑う。その一瞬の笑顔でみなの緊張感が和らいでいく、というか。喜久雄はまさにそんなイメージで書いていました。吉沢さんもまた、いい意味で人を緊張させる一面がありながら、よく笑顔を見せる方ですよね。
──吉沢さんは稽古を含め1年半もの時間、喜久雄と向き合った。これほどまで時間をかけ役を作り上げたことはこれまでなかったという。当然、モチベーションを保つことの難しさを感じた時期もある。
吉沢:撮影が始まる前の段階では「何のためにやっているのか」と、自分のなかで訳が分からなくなる瞬間や、「もうやめたい」と思う瞬間もありました。
「流星には負けない」
ただ、そんな時も隣には、本気で歌舞伎役者になろうと練習を重ねる横浜流星がいた。その姿を隣で見せられると「これ、負けるな」という恐怖にも近い感情が芽生えてきて。「歌舞伎役者として成立させる」という目標に加え、「流星には絶対に負けない」という、もう一つの大きなモチベーションが生まれた。そうした感情が僕を突き動かしてくれたので、流星には本当に感謝しています。
吉田:作品の中で、先に喜久雄が「曽根崎心中」を演じると、横浜さん演じる俊介は「すごいな、この曽根崎」と言葉だけではなく、舞台の上でやり返してくる。演技の上での勝ち負けはないのですが、二人の間のバチバチしたものが確かに見えた気がしました。でも撮影現場では二人は本当に仲が良かったですよね。
吉沢:確かに、カメラからフレームアウトした瞬間から、二人でずっとふざけていましたね。追いかけっこなんてしたりしながら(笑)。
──吉田さんは、『国宝』を執筆するにあたり、3年ほど黒衣をまとい、舞台の裏や袖から歌舞伎役者たちを見続けてきた。そんな吉田さんから見て吉沢さんの“凄さ”はどんなところにあったのだろう。
吉田:歌舞伎役者さんを間近で見ていて凄いな、と感じたのは、毎日のようにひたすら同じ演目を繰り返していくところです。来月、再来月とまた、当たり前のように同じ舞台をこなしていく。ちょっと狂気じみたところがあるな、と思いましたし、そこが面白さでもあると思っていました。