『YABUNONAKA-ヤブノナカ』(2420円〈税込み〉/文藝春秋)文芸界を舞台に、性加害の告発をめぐる人間ドラマを描く長編小説。文芸誌の元編集長、木戸悠介は、作家志望の女性から過去の性的搾取をネットで告発される。木戸、告発者、若手の編集部員、作家とその恋人、引きこもる娘、木戸の高校生の息子らがそれぞれの視点から語り、事態は意外な結末へと向かう。題名は、一人の侍の死について複数の人が語る、芥川龍之介の短編小説「藪の中」から

 仕事ではないものの、日常生活では金原さんも許せないと思うことがある。

「相手がのうのうと生きていると思うと、こんなことが断罪されずに放置されていていいのか、という気持ちになります。収まったと思っていた怒りが一瞬にして当時とまったく同じ勢いを取り戻すことがある。それは、まだ終わっていないから。最近の告発は必然的な流れだと思います」

 物差しがめまぐるしく変わる今の時代、価値観の更新についていける人、いけない人がいる。

「グラデーションがあって、上の世代は頭が固いなと感じるし、下の世代を見ると潔癖だなと感じる。この人はこの時代を生きてきたから、この業界にいたから、と理由づけができると、気持ちが想像できて楽になると思います」

 執筆中は、伝わらないのではないか、届かないのではないかという不安と迷いの中にいるという金原さんだが、本作では「文学が世界を変えられるか」という話にも触れている。

「フィクションに限界はあるのはわかってはいるんですけど、変えられるということをどれだけ信じているかによって小説の強度は変わってくる。気持ちが負けないようにと思って書いています」

(ライター・仲宇佐ゆり)

AERA 2025年5月19日号

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