高校卒業後の進路は、父から逃げるようにして東京の専門学校への進学を決めた。ところが、上京1カ月前に東日本大震災が発生する。住まいは内陸だったため津波の被害はなかったが、揺れは激しく、停電は1週間続いた。
もっとも、このときの杏さんの心境は、意外なものだった。
ヤバい、変わる、変わる
「全部が壊れてなくなって、私はこの世界から抜け出せるっていう予感があったんです。今の苦しみから解き放たれる、何かが変わるって」
地獄のような生活を送ってきた杏さんにとって、世界がひっくり返るような出来事は、転機を感じるものだったのだ。
「上京することは決まっていたけど、直前で父に阻止されるんじゃないかっていう不安があったんです。でも、震災が起きて、『絶対に大丈夫』っていう確信に変わった。私は暗闇で毛布にくるまりながら、『ヤバい、変わる、変わる』って、高ぶる気持ちを抑えていました。もちろん、近所には津波の被害で避難してきた人もいましたし、そんなふうに思っているなんて絶対に表には出せなかったですけどね」
学費の支払いがストップ
こうして無事に上京した杏さんは、専門学校へ入学し、学生寮で暮らし始める。しかし、この学校生活は、父親が原因で1年も経たずに終わってしまう。
「父と母が、学費を半分ずつ払ってくれていたんですけど、父がパソコンを買ったという理由で支払いがストップしたんです。学校から電話がかかってきて、『2学期から難しいです』と言われたとき、私はパニックになって『辞めます』って言ってしまったんですね」
憔悴しきった杏さんの元に、今度は父のきょうだいから「18年間の生活費を返してほしい」と電話がかかってくる。杏さんは、このとき初めて、自分たちの生活費の出所を知った。
「専門学校を辞めた日に、叔母から言われたんですよ。『月2万円でいいから返して』って。そういうことを言えてしまう大人にも驚いたし、私は心が壊れそうでした」
(構成/ライター・インベカヲリ☆)