断裂、断裂、また断裂! その極め付けは、本書の指摘に従えば、やはり民主主義と資本主義の間に広がる深い裂け目だろうか。相異なる政見の優劣を投票の多寡で決める民主主義と、相異なる商品の優劣を売り上げの多寡で決める資本主義。両者を最強のセットとすることで西洋近代は成立し、日本もその土俵上に生きている。政治的自由なくして経済的自由なし。ところが中国という強烈な反証が現れて久しい。政治的自由を抑圧する権威主義的国家だというのに、資本主義が発展している! なにゆえに? 著者は考える。個々人の経済的欲望を最大化させることを後押しする政治的な仕組みとイデオロギーが機能するなら、民主主義でなくとも、資本主義のよきパートナーになりうる。中国共産党の権威主義はまさにそのひとつのかたちを作り出したのだ。基本的に民衆を抑圧し民衆から収奪することよりも、民衆に経済的功利主義を追求させ、そこから脇に目を振らせないように働いているのが、中国共産党の権威主義なのではないか。民主主義は、目先の経済的利益を最大化とするときにしばしば生じる、人間の権利の抑圧に目くじらを立てるが、単なる功利主義はそうではなかろう。生き馬の目を抜く資本主義と、優勝劣敗を当為として組み込んで私的欲望にブレーキを掛けさせない功利主義と、そんな功利主義の矛盾に目をつむらせる権威主義とがセットになれば、これこそ最強ではないか。
