
退職の意思を伝えたのに、やめさせてもらえない「慰留ハラスメント」が顕在化している。会社側の対応によっては民事裁判で違法と認定されるケースもあるという。労働問題に詳しい師子角允彬弁護士に「行き過ぎた慰留」のリスクを解説してもらった。
「会社を辞めることができない」との相談が増加
「会社を辞められないということはありません。行き過ぎた慰留は法的にも認められていません」
こう強調するのは労働問題に詳しい師子角允彬弁護士だ。東京都千代田区にある師子角弁護士の事務所にも人手不足などを背景に、「会社を辞めることができない」と相談に来る人が近年、増加傾向にあるという。
「暴言を浴びせられて辞意を撤回させられたり、退職するならば同業他社に就職しないよう念書を書けと迫られたりするなど、内容は様々です。外国人労働者の増加に伴って、勤務先がパスポートを預かったうえで外国人を働かせているケースも見られるようになっています」
師子角弁護士はこうした相談を受けるたび、「法的に辞められない会社はない」ことを意識しておくのが大切と伝えているという。
「従業員には退職の自由があります。期間の定めのない正規雇用の場合、民法では2週間の予告期間を置いて退職の意思を伝えれば雇用契約は終了すると定められています。予告期間については、伸長は認められないとする見解と、1カ月程度までであれば就業規則で伸長することも可能とする見解がありますが、いずれにせよ、何カ月にもわたるような期間、従業員を足止めすることは許されていません」
さらに、一定期間勤務を継続した人の場合、有給休暇を取得する権利がある。行政解釈でも裁判実務でも、基本的には退職予定日以降に有給休暇の取得時期をずらすことはできないと理解されており、退職予定日までの勤務日を有給休暇で埋めてしまえば出勤することなく退職できるという。

「辞めるなら○○万円払え」
では、違法性が問われる慰留はどういうケースが該当するのか。
「例えば、脅かしたり、監禁したりして働くように強制することは、労働基準法で禁止されています。『辞めるなら○○万円払え』といったように退職と高額の違約金を結びつける契約を交わすことも労働基準法上、違法だとされています」
とはいえ、実際に行き過ぎた慰留に直面した場合、どう対応すべきか判断に迷うケースも多いだろう。個別のシーンごとに師子角弁護士の見解を尋ねてみた。
まず、「辞めるなら代わりの人材を探してきてほしい」と言われた場合、どう受け止めればいいのか。
「人材の採用は会社の責任です。代わりの人材を探さなければ辞められないというルールはありません。こうしたことを言われたとしても、労働者には後任者を探す義務も必要もなく、断ってしまって問題ありません」
提出した退職願を目の前でシュレッダーにかけられた、というケースはどうだろう。
「気分は悪いでしょうが、こうした行為は法的には意味がありません。退職願がシュレッダーにかけられたからといって、いったん到達した退職の意思表示の効力が否定されることはありません。気になるのであれば、内容証明郵便などを使って改めて退職の意思表示をするという方法もあります」
辞意を伝えたところ、「5年待ってね」などと言われたケースについても、「法的には無視して問題ない場合がほとんど」だという。
「先述の通り、雇用期間が定められていない場合、2週間の予告期間を置いて退職の意思表示をすれば、雇用契約は終了するのが原則だからです。労働基準法では有期労働契約の上限は原則として3年とされていますし、労働契約に期間が定められている場合であっても、ハラスメントを受けているなどやむを得ない事由があれば、当事者は契約を即時解除することができます」