主要人物はもちろん、一瞬だけ登場する脇役にいたるまで登場人物にリアリティがあり(電車内で突然だるまをくれるおじさんとか)、映像化するなら名バイプレーヤーに演じてほしいと思った。と、ついついBGMだのバイプレーヤーだの言ってしまうのは、本書の登場人物たちが活き活きと動くさまが、ありありと目に浮かぶからだ。とはいえ、由鶴の心の声については、やっぱり文章で読むからこその味わいがある。
由鶴が自分の恋と、これからの人生について決断を下していく姿は、じんわりと胸を熱くさせる。痛みを抱きしめながらも前を向く姿が清々しく、大人だなと思わせる。
「ゼログラムの花束」は宇治が視点人物だ。セラピストになった事情や、由鶴以外の顧客との関係も見えてくる。客に合わせて演じるキャラクターを微調整し、相手を喜ばせる言葉、期待させすぎない言葉を巧みに選んでいる印象。
ある日彼は、ニュース番組の和菓子店の取材映像に、母親らしき店員が映っていることに気づく。物心つく前に両親が離婚し父親に育てられた彼だが、一度だけ、中学生の頃に母親に会いに京都に行ったことがあるのだ。
由鶴に多部ちゃんというナイスキャラの友人がいるように、宇治にも嶋という陽気な幼馴染みがいる。嶋に付き合って京都の〈赤ちゃんプレイお化け屋敷〉を訪れた宇治は、母親と会った時のことを思い出す。というのも、その際同行してくれたのが、嶋だったのだ。
お化け屋敷の珍妙な演出と、母親との邂逅の思い出は、ある意味どぎついのだが、そこから一気に温かく光ある方向へ行く展開が素晴らしい。こちらもまた、清々しい気持ちにさせてくれる結末だ。ウェルメイドな作品を生み出す作家がまた一人誕生した。