記者がカネのことなど考えていいのか。だが本書が示すのは、デジタル時代のメディアは無料記事+ネット広告では立ちゆかず、現時点で希望があるのは有料購読方式だけだということだ。だとすると報道の質や信頼性と購読者獲得がつながる。良い報道をすれば購読者が増える。

 実は、ジャーナリズムの在り方を記し世界で読まれる基本書『ジャーナリストの条件』(ビル・コバッチ、トム・ローゼンスティール共著、拙訳、新潮社)も、「営業と報道を隔てる壁」の発想を「神話」と批判し、記者が経営の問題にノータッチでいれば営業が報道を踏み越えると指摘する。「ジャーナリズムが生き残りをかけて既存の枠を超えなければならず、購読料を払いたくなるニュース作りに将来がかかっている今、この神話はますます役に立たなくなっている」とまで言っており、本書の内容と響き合う。

 購読料を払いたくなるニュースとは何か。本書はこれを「そこでしか読めない」ものだと言い切る。挙げられた数々の事例は、調査報道、深掘り報道、疑問に答えるデータ報道などだ。反対に著者がたびたび批判するのが「前うち」である。官庁や企業が発表予定の情報を、記者がつかんで発表前に書くことをいう。評者の経験から、これはこれで多大なエネルギーが必要な取材だが、どうしてもイニシアティブは当局や企業にあり、どの社が書いても似た内容で、「そこでしか読めない」とはなり難い。だから脱却すべきだと著者は訴える。

 実際のところ「前うち」でも例えば米メディアが競うように報じた、トランプ政権の閣僚に誰が選ばれそうだというニュースは議論の材料として意味があろう。日本の高額療養費制度見直し方針も「前うち」報道から論議が起きた。それでも「前うち」の多くは過去の仕事を前例踏襲した、いわば「パターン特ダネ」だ。読者や視聴者の関心を捉える努力や、斬新さや面白さを追求する力に欠ける。どんな情報でもパワフルな販売員が新聞を売ってくれた時代は終わった。何が市民の心に応えるニュースかを記者が考えなければ、メディアは持たない。

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