
フジテレビの腐敗、週刊文春のジャニーズ報道、兵庫県知事選挙におけるSNS運用。
メディアは岐路に立っている。しかし、具体的にどんな道をゆけばいいのだろうか?
数多くのメディアを取材した、下山進さんは自著『持続可能なメディア』の中で、道を踏み外したメディアの体質と、活路を見出したメディアの特徴を、詳しく解説している。
メディアが踏み出すべき、新たな一歩とは? 下山進さんの『持続可能なメディア』の読みどころを澤康臣さんが綴った書評から紹介する。
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記者こそ経営を論じる意義
『持続可能なメディア』 下山進 著 朝日新書より発売中
「報道メディアの全滅」という悪夢が頭をよぎる。ニュースの役割を信じ、報道記者として30年働いてきた者として、戦慄する。この書名『持続可能なメディア』は、すなわち現在のままの報道メディアは持続できないという警告にほかならない。SNSや動画プラットフォームは栄え、あるいは小規模専門メディアは残れるかもしれない。だがそれは、幅広いテーマを世の中全体に知らせ、社会共通の話題を提供して議論を促すことで民主主義を支えるものとはいささか異なるだろう。
マス(大衆)メディアは欠点だらけではあっても、民主主義の基盤であった。人はニュースを得てこそ、民主主義の運営者たる市民となる。19世紀後半からの大衆メディアの興隆と大衆参加の民主主義の発展が重なったことは偶然ではない。その本家ともいえる米国でメディアが細分化、分極化し、政治議論が「敵か味方か」の粗雑な論争に劣化、空転するのを私たちは目の当たりにしている。社会全体のための報道メディアはもはや持続できないのか。
報道メディアは持続しなければならない。そのためには、その根幹を担う報道記者たちもまた持続、つまり経営を我が事と考える責務から逃れられない。