声と心身の状態には、深い関係がある。同じくそう指摘するのは、東京大学大学院特任教授で「音声病態分析工学」が専門の徳野慎一さん。音声病態分析とは、人の声に含まれるさまざまな感情や興奮の度合いを測定し、健康状態を判断する研究だ。

 私たちの喜びや悲しみの感情は神経を伝って声帯や心臓につながり、その結果ドキドキしたり声が上ずったりする。そんな変化を指標化することで、認知症やうつ病、パーキンソン病など、神経のバランスが崩れる疾患や、声に特徴的な変化が出る疾患に応用できるのだという。

「声にはその人の『本音』が出る。もちろん、人は声を意識的に変えることもできます。でも意識でコントロールできないベース部分はある。たとえばベテランの俳優だとそのコントロールが巧みですが、まだ未熟で上手くない俳優の場合、舞台の悲しいシーンでスポットライトを浴びながら演じる際、悲しげに聞こえる声にも『私はいま、スポットライトを浴びている』という喜びの要素が入ってしまうものなんです。その部分を拾うことで、疾患の判定は可能です」

地声は人間性を表す

 作り声だとしても、見つけられる病気がある。では「作り声を出すことが、心身の不調や病気につながる」という逆のベクトルもあり得るのだろうか。

「たとえば苦情を受け付けるコールセンターの方は、業務でクレーム対応しているときの声と、ふだんの声は明らかに違います。業務上の対応がうまくなればなるほど声に怒りの感情が出なくなりますが、それは自分本来の声で話せず、そのストレスに見舞われることでもある。そこで心を病んでしまうんです」

 いまの自分の心そのままに出ている声、つまり「心に正直な声」で話せているかどうか。そこが大事だと徳野さんは言う。

「いつも自分の『素の声』で会話をできている人はいないでしょう。表情と同じで、誰もが少なからず相手によって声を使い分け、作っている。声を変えるということは、社交術の一つですから。でもそれが度を過ぎないようにすること。そしてお互いに『素の声』で話せる人を見つけて、一日のうちにその人と話す時間を一定程度作れるかどうか。心身の安寧のためには重要になってくると思います」

(編集部・小長光哲郎)

AERA 2025年2月10日号より抜粋

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