大江健三郎、石原慎太郎、平野啓一郎、金原ひとみ、綿矢りさ、宇佐見りん――。芥川賞は数々の若手作家が輩出してきた。その歴史にまた一人、名前を刻んだ。AERA2025年1月27日号より。

【写真】芥川賞を受賞した23歳・鈴木結生さん

右から芥川賞を受賞した安堂ホセさん、鈴木結生さん、直木賞を受賞した伊与原新さん=2025年1月15日、東京・東京會舘
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 1月15日、第172回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が開かれ、芥川賞は鈴木結生(ゆうい)さん(23)の「ゲーテはすべてを言った」(「小説トリッパー」秋号)と安堂ホセさん(30)の「DTOPIA(デートピア)」(「文藝」秋号)に、直木賞は伊与原新さん(52)の『藍を継ぐ海』(新潮社)に決まった。

 西南学院大学大学院で英文学を研究する現役大学院生ということでも話題の鈴木さんは24年、「人にはどれほどの本がいるか」で第10回林芙美子文学賞佳作を受賞してデビュー。今作が2作目となる。

 林芙美子文学賞(選考委員:井上荒野、角田光代、川上未映子)は北九州市が主催、朝日新聞出版が協力している公募の文学賞で、前回の2024年上期の芥川賞受賞作「サンショウウオの四十九日」の朝比奈秋さんも21年、第7回の大賞受賞者だ。第2回(16年)の大賞受賞者の高山羽根子さんも芥川賞を受賞しており、14年創設と比較的新しく、しかも北九州市が主催という地方文学賞でありながら、10回の賞で3人の芥川賞受賞者が輩出するというのは驚くべき確率だ。

文学ならではの面白さ

 高名なゲーテ学者、博把統一は、一家団欒のディナーで、彼の知らないゲーテの名言と出会う。ティー・バッグのタグに書かれたその言葉を求めて、膨大な原典を読み漁り、長年の研究生活の記憶を辿るが……。

「ゲーテはすべてを言った」はこんな博覧強記でペダンティック、一見難解に思える作品だが、同時にポップなユーモアが横溢している。

 鈴木さんは受賞直後の記者会見で、「いまの会見中に芥川(龍之介)の(作品)タイトルを何個入れられるかチャレンジをしているところ」と発言するなど、隙あらば面白いことをしようとする精神の持ち主。どの作品タイトルを入れたのか訊ねると、「想像を遥かに超えて華々しい場所」に『鼻』、「地獄的な、何かこう変な現象」に『地獄変』、「あくまで自分は古くて新しい“愛”の物語を書いてみたい」に『悪魔』、その他『戯作三昧』『仙人』『藪の中』『杜子春』の7作品を入れたという。

 記者会見での発言にまで、なかば“言葉遊び”を仕込んでいたのだ。

「僕は話を聞いてもらいたい人間。面白いから聞いてよ、という感じでジョークを言うのは子どもの頃からです。文学的には、今は丸谷才一の文体を意識していますが、丸谷はユーモアがあふれています。子どもの頃はコントなどを観ていましたが、ある瞬間から大江健三郎のジョークが面白くなってくるという末期的なことに(笑)。世の中にはいろんな面白さの基準があると思いますが、文学ならではの面白さはあると思います」(鈴木さん)

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