
「苦い経験があるんです」と水谷さん。
寮の同じ部屋の選手との試合でのこと。向かうところ敵なしだった水谷さんらしく、「序盤は圧倒的に勝っていた」という。ところが……。
「(お世話になっていたので)かわいそうだなと思った途端に形勢が変わり、危うく逆転負けしそうになったんです。
結局、試合には勝ったんですが、そのことを教訓に自分から『情』を排除しようと決めました。だから、他の選手とは距離を置くようになった」
どんなスポーツでもそうだが、精神的な面は大きい。
「卓球でも心の影響は大きくて、連続ポイントにも連続失点にもつながります。
若いときに『ちょっとだけ負けてもいいや、点数をあげてもいいかな』という気持ちが湧き起こった瞬間、本気で負けそうになった経験もあります。
一生悔しい思いをするよりはマシと割り切って、他の選手と仲良くしないようにしました」
金メダル以上の夢がない
アスリートにとって、選手生活を終えたあとの暮らしは切実な問題だ。人間関係も収入も激変する。
少年時代から「勝ち」に全振りしてきた水谷さんは今後、どんな生き方をしようと思っているのか。
「好きなことをやっていきたいです。明確な目標があるわけじゃなくて。
というのも、オリンピックで金メダル獲得という大目標を達成しましたが、それ以上の大きな夢がなかなか見つからないんですよ。
金メダルを取るために犠牲にしてきたことが山ほどあるので、これからは自分の人生を取り戻していきます」
強気で前向きな水谷さんだが、がまんしていたものは多いようだ。
「ささいなことで言えば、食べ物もずっと節制してきました。卓球関係ではない人で仲良くなれそうな人とも、あえて友達にならなかった。
『あのとき、あの人と、あの場所に行っていたら楽しかっただろうな』と思い出すこともあります。家族と過ごす時間も、普通の人よりかなり少なかった。
ケガは大敵なので、ゴルフやアウトドアスポーツも一切やりませんでしたね。最近ようやくゴルフに行くようになりました」
