陸上を始めたのは中学生の時だ。中学チャンピオンになり、高校1年でインターハイを制すなど、同世代には負けなしだったが、その名前が本格的に知られるようになったのは、24年春。初参戦したシニア大会で、東京五輪1500メートルのファイナリストで、パリ五輪にも出場した田中希実さんに競り勝った。
「『あ、勝った』というかんじでした。ずっと田中さんにあこがれてきたので、ドキドキしながら走りました」
レース後に田中さんから「おつかれさま」と声をかけられたことが嬉しかった、と話す姿に初々しさがにじむ。
スポーツ一家で育つ
けれど、その視線は、早くから世界に向いていた。
父はサッカー、母はバレーボールとホッケーをしていたというスポーツ一家で育った。父の兄の息子、つまり久保さんにとってのいとこはサッカー日本代表の久保建英選手(23)だ。
「(建英選手は)早くからスペインに行っていたので、一緒に遊んだ記憶はほとんどありません。でも、東京で試合がある時には、家族で応援に行きました。日の丸を背負って活躍している姿をみて、すごいな、私も絶対に世界を目指そう、と思ってやってきました」
中学を卒業する時、多くの強豪校から声がかかる中、東大阪大学敬愛に決めた理由は明解だ。
「敬愛は駅伝部ではないので。ちゃんと自分の競技をやった上で駅伝がある。それがいいな、と思っています」
15年から同高校で指導にあたる野口監督は、現役時代は100メートルが専門。日本体育大を卒業後、公立中学校の教員として陸上部の指導にあたり、長距離や投てき種目まで全国レベルの選手を数多く育ててきた。その経験から、「まずは各自の専門であるトラック&フィールドを大切にしたい。それが世界で戦う力になる」と考えているという。久保さんも普段の練習で25分以上走ることはなく、あくまで800メートルを極めるためのメニューを組んでいる。
野口監督は、久保さんが出した1分台の大記録について冷静な口調でこう話す。
「みんな日本人初、日本人初というけれど、誰かがやることですから。2分を壁だと思ってはこなかった。いつも言っているのは『自己ベストを目指そう』ということだけです」
25年は世界陸上の参加標準記録(1分59秒00)の突破をかけて、2月ごろから、海外レースへの出場を予定している。緊張や気負いよりも、ワクワクが強いという久保さん。
「800メートルはしんどいけど、記録が出た時の達成感が好き。2025年は世界陸上に出る。そして、みんなから愛される選手になりたいです」
伸びしろだらけの16歳から目が離せない。(編集部・古田真梨子)
※AERA 2024年12月30日-2025年1月6日合併号より抜粋