
小泉さん自身、若い頃からさまざまな国で美術館巡りをしてきた。旅行に行けば、まずは美術館を訪れるのがお決まり。20代後半の頃は、南仏のニースから車を走らせ、イタリアのフィレンツェまで向かったこともある。マティスのステンドグラスが残る礼拝堂、ピカソの陶芸作品が集められた美術館……。多くの“本物”に触れてきたことは、自身のインスピレーションの源となってきたと感じる。だからこそ、「芸術の価値」というテーマに正面から切り込んだ「海の沈黙」の脚本にも強く共鳴したのかもしれない。
主演の本木さんは、ともに1982年にデビューした「まるで幼馴染みのような存在」。会えば、たわいのない話で盛り上がる。旧知の仲である俳優と、芝居を通し向き合うとは、どのような心境なのだろう。
「私が演じた安奈は、若い頃に竜次と別れ、以来一度も会っていないという役柄ですが、実際に本木さんを前にすると、10、20代の頃の本木さんの姿をくっきりと浮かべることができるんです」と、小泉さんは言う。
「15歳の頃から知っているので、時が流れている、その長さを感じやすかった。決して“想像”で終わらないというか。かつての本木さんを、役柄である竜次に置き換えればいい。私にとっても、不思議な体験でした」
できることは増えた
舞台のプロデュースなどを手がける一方、今年は映像作品でも強い印象を残した。映画「碁盤斬り」では貫禄ある遊郭の女将を演じ、ドラマ「団地のふたり」では50代女性のリアルな日常が話題を呼んだ。
若い頃の自分と、いまの自分。大きく変わったと感じるのはどのような点だろう。
「自分では、相変わらず子どもっぽいな、と思いながら生きていますけれど、一つの作品のなかに入ったときに『できることは増えたな』とは感じています」
ドラマや映画の撮影現場では、監督やプロデューサーが自分よりも遥かに年下であるケースも少なくない。そんなとき、彼らだけでは気づくことのできない脚本の問題点に早い段階で気づくこともできる。
たとえばセリフ一つとっても、「こんなふうに受け取る人もいるんじゃないかな」と、書き手とは異なる角度から懸念点を伝えることができる。自分と同世代の女性の心の機微を描いた作品では「こうしたものは存在しなかったから、少し違うセリフのほうがいいかもしれない」と身をもって伝えることもできた。