全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA2024年11月25日号にはライズアップ 人力車の引き手、広報部長 大利弥里さんが登場した。
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下町の風情が残る東京・浅草。外国人を中心に大勢の観光客でにぎわう街を人力車がさっそうと駆ける。引き手の多くは体力がありそうな若い男性だが、比べても軽快な身のこなしは全く見劣りしない。
人力車の定員は一般的に大人2人。仮に1人50キロだとすると人の重さだけで100キロになる。これに人力車自体の重さが加わると、合計はほぼ200キロ。小さめのアップライトピアノ1台分に相当する。
「重さだけ聞くとびっくりする人が多いですが、こつをつかめば女性でもうまく引くことができます。上体を前かがみにして斜め下に引くようにすると、進みやすいです」
コースは最短で10分間から。モデルコースはあるが、客が希望すれば基本的にどこにでも案内する。東京のさまざまな名所を回り、最高で1日に計9時間引いたこともあるという。
海外で引き手をしている知人の勧めでこの世界に飛び込んだ。「女性も引けると教えてもらい、やってみたいと思いました。当時は今よりもっと女性の引き手は珍しかったので、目立つのが好きな私の心に響きました」
社の面接はクリアしたが、走行のこつをつかむまでの訓練はかなり厳しかった。2カ月間の研修を経て実技、筆記の試験に合格したものの、走行についてはなかなか自信が持てず、営業時間の前後に特訓を繰り返した。
人力車は自転車などと同じく道路交通法で軽車両と規定されている。自動車やトラックが走る車道の左端を通ることもあり、ちょっとした気の緩みが大事故につながることもある。
「お客さまの命を預かる仕事なので、常に危険を予測しながら車を引かなければなりません。一方でお客さまの話を聞いたり、ガイド役を務めたりと、コミュニケーション力も求められます」
引き手として最も大切にしているのは、安全運転とおもてなしの心。どちらも兼ね備えていると社内外から評価が高く、海外から予約をしてやってくる客もいるほどの人気ぶりだ。
「今後の目標は会社を支えられる女将さんのような存在になることです。人力車で大好きな浅草の街を盛り上げ、浅草の魅力や日本文化をどんどん発信したい」
(ライター・浴野朝香)
※AERA 2024年11月25日号