英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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衆議院総選挙で国民民主党が躍進した日本で、「手取りを増やす」「消費税減税」などの政策が注目され、緊縮的スタンスからの脱却の気運があるそうだ。
3年前から物価高に見舞われ、「生活費危機」に苦しんできた英国でも、一足お先に緊縮の終焉を求める声が高まっていた。それに応え、先月末に発表された政府の予算案では、医療や教育、交通の分野への財政支出増加が約束された。が、「財政を健全な軌道に」にこだわる現政権らしく、大規模増税も発表されている。これが緊縮の終焉を意味するかは意見が分かれるところで、ジャーナリストのオーウェン・ジョーンズなどは「全体的に一貫性に欠ける」とし、14年の緊縮の後にこの程度の支出拡大では追いつかないと批判している。
他方、最大野党の保守党は、党内右派のケミ・ベイドノックを党首に選出した。黒人女性として初の英国の主要政党党首となる。彼女は反WOKEの立場を鮮明にし、自らが通った大学の「バカな白人の左翼の子どもたち」の影響で保守派になったという。アイデンティティー・ポリティクスに反旗を翻す彼女は、英国に制度上の人種差別は存在しないと主張するなど、「文化戦争の戦士」と呼ばれてきた。
物価高と貧困の広がりで人々の関心が経済に集まっている今、党を右側に引っ張る党首を選出した保守党は「ずれている」という見方も多い。確かに、経済重視の労働党と、文化戦争を仕掛けるタイプの党首を選んだ保守党は、別のユニヴァースで政治を行っているように見える。
が、一貫性に欠けると言われるほど慎重な労働党政府の経済政策が、失敗に終わったらどうなるのか。現政権下で暮らしが楽にならず、公共サービスの再建もできなければ、失望した人々は、またEU離脱の時のように「悪者探し」を始めるのではないだろうか。そうなった時、人々の不満を燃料にして支持を伸ばすのは、「悪いのはあいつらだ」とバッシングの餌食を人々に指し示す「戦士」だろう。
近年の欧州は女性を指導者に据えた極右勢力が目立つ。英国でも、少し遅れて主要政党にその現象が現れたと言えるかもしれない。ベイドノック党首の誕生は、真剣に取られるべきだ。
※AERA 2024年11月18日号