村上春樹さんの作品には、数多くの音楽が登場する。作品をより深く理解するためには、音楽も欠かせない存在だ。村上さんの朗読に合わせて、生伴奏したギタリスト・村治佳織さんが、村上作品と音楽について語った。AERA 2023年4月17日号の記事を紹介する。
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村上春樹さんとは2度、朗読会でご一緒させていただきました。ご自身の作品を朗読する隣で私がギターで伴奏したのですが、お会いして改めて、本当に音楽がお好きなんだとわかりました。とにかく知識が多く、視点も深い。クラシック、ジャズだけでなくさまざまなジャンルの音楽を聴かれていて、さらに一つの作品をいろんな演奏家で聴いていらっしゃる。村上さんの中には音楽脳ができあがっていて、言語によらない音の世界をどう楽しむかをわかったうえで、言葉を書かれているんだと思いました。
お会いする前から作品を読んでいて、短編集の『東京奇譚集(きたんしゅう)』は表紙に引かれて買いました。東京という何が起きてもおかしくないと思える世界の、あまり光が当たらないであろうところを、村上さんならではの想像力と筆力で描かれている。私が東京出身ということもあって、とても好きな作品です。
『1Q84』は、ちょうどスペインのマドリードに滞在しているときに読んだ作品なので、内容とともにマドリードの家を思い出します。高い天井の部屋には大きな観葉植物があって、光が差し込む部屋で大きなソファに座りながら時間をかけて読んだ一冊です。
村上さんの文章は、音楽用語を使うとするとフレージングが格別です。話の展開の中で細かく描写したかと思えば、先にグンと進む、このバランス感覚が読者を飽きさせない。これはきっと、音楽をたくさん聴かれてきたからこそ得られたものではないかと思います。作品はジャズに影響を受けているとご自身で語られていますが、ジャズは即興性が大事なので、小説を書かれるときは即興性に任せて書く部分があったりするのかな、と想像したりしています。