まずは「やりたい仕事」を目指す

 現役学生のこの制度について、どう考えているのだろうか? 日本最大の奨学金プラットフォームを提供しているガクシーで、インターンとして働いている富山大学3年生の寺田瑞季さん(21)は、こう語る。

「大学1年生から奨学金を毎月10万円借りているような友達もいます。大学を卒業する頃には相当な額になっている。だから、学金を肩代わりしてくれる企業は魅力的です。でも、多くの学生は、将来の返済のことは考えずにやりたい仕事を目指しています。みんな、返済のない給付型奨学金を支給してくれる団体を探したほうがいいと思います」

奨学金運営者向けのクラウド型管理システムの開発会社ガクシーも、2020年に奨学金の返済肩代わり制度を始めている(photo 同社提供)

 確かに、現在は将来返済する必要のない給付型奨学金も充実している。寺田さんも給付型奨学金の支給を受けている一人だ。

「高校時代に両親が相次いで他界してしまったため、民間の公益財団法人から毎月7万円を給付してもらっています。ただ、これは4年生までの奨学金のため、大学院に進学する際にはもう一度審査を受ける必要があります。もし、その審査に通らなかったら、貸与型の奨学金を借りることになるでしょう」(寺田さん)

 奨学金運営者向けのクラウド型管理システムの開発会社ガクシーも、20年に奨学金の返済肩代わり制度を始めた。その恩恵を受けているのが、カスタマーサクセス部の福田貴大部長(30)。大学と大学院を出るまでの間に、第一種奨学金(無利子)と第二種奨学金を合わせて1000万円以上、借りている。

 そのため、社会人になってからの返済額は毎月4万6000円。社会人1年目は今とは違う会社に勤めており、肩代わりもしてもらえなかったため、かなり金策に走ったという。

「奨学金を借りている同期が少なかったため、『同じ年収なのに僕だけが55万円が返済分で消えている』ということを考えると、『貯蓄に回せたよな』とは常々思っていました」(福田部長)

 今の会社に転職して以降、金銭的にも精神的にも負担が大きく減ったそうだ。

「毎月の返済額の半分、つまり2万3000円を会社が肩代わりしてくれるようになりました。もちろん、年収が上がったという面もありますが、それを加味しなくても、生活はかなり楽になりました。結婚をして子どもが生まれて、出費も増えたため、月々2万3000円を肩代わりしてもらえるのは非常に助かります」(同)

企業と社員がWin-Winの関係になれる

 話を聞く限り、企業と社員がWin-Winの関係になれる、企業の奨学金返済肩代わり制度。

 冒頭の小金井さんは、「そんな制度が就活していた当時あったなら、私も志望する理由のひとつになっていたでしょう」と話す。一方で「奨学金を借りた人は福利厚生で肩代わりしてもらえる一方で、奨学金を学生時代に借りなかった社員たちには、入社後になにかメリットはあるのでしょうか?」と首をかしげる。

 その問いに九電工の人事課の担当者は、次のように答えてくれた。

「今のところ、奨学生ではない社員に対して、なにか特別な措置を取る予定はありませんが、会社全体で処遇など人に対する投資を意識して取り組んでいきます。また、今後は若手社員の意見を取り入れ、さらに魅力的な制度を増やしていきたいです」

 岸田政権の置き土産である大学院生向けの「出世払い型奨学金」が今秋から始まる。一定の収入が得られるまでの期間返済が猶予されるものだが、結局、返済期間が先延ばしになるだけ。学生時代に奨学金を借りたことで、社会人になってから生じる問題の解決にはなっていないだけではなく、何の意味もない。民間企業が「奨学金肩代わり制度」によって、格差是正を率先して行なっているのが現状だ。

(ライター・編集者 千駄木雄大)

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