菅田:恐怖を感じたところはいっぱいあります。吉井目線なら、誰だかわからない人たちに命を狙われ、しかもその誰だかわかっていない人たち同士が普通に会話をしていることも、怖かったです。
黒沢:現代の日本で「殺す・殺される」関係にはふつうは陥らないだろう人たちがそういう関係になっていく物語なので、吉井を含め、人生が破綻するかしないかの瀬戸際にいるような人たちが集まった感じになりました。今の社会には至るところにギリギリの人たちがいるんだろうなとは実感しましたね。
菅田:それぞれ何かが引き金になってネジが外れていき、吉井をきっかけに狂気を引き起こし、意志が変わっていく。環境によって変わっていくことの恐ろしさも感じました。
監督の演出を見て、「こうやって観客の心理を操るんだな」と勉強になりました。すりガラスの使い方、扉の開け方、全部の演出が面白かった。特に面白かったのは、立ち位置の指定。普段、「この人は距離が近いな」とか「この姿勢で話しかけられるのは嫌だな」という距離感で芝居をすると、不気味さが生まれる。いい意味で違和感が生まれるという発見がありました。
「俺がやりたかった」
黒沢:二人が会話をしていたら、どんな距離でどんな向きで話しているかを決めるのが僕の仕事です。10センチと5メートルでは、言い方も心も違ってくる。その距離は脚本には書いていませんし、僕も現場でやってみないとわからない。いろいろ面白がってやってみて、「こうなるんだ」というのは映画を作る楽しさでもあります。
菅田:そういう演出で、どんどん吉井が生きてきたんだと思います。面白いことに形が整ってくると心も整って、素直にその場にいられるし、素直にセリフが言えるんです。
黒沢:この作品のキャラクターでもう一人、僕が気にしていたのは、奥平大兼くんが演じた、吉井にバイトで雇われた佐野です。物語を転がす特殊な存在で、脚本を書いているときは気持ち良かったんですが、素性が掴めないから演じるのは難しい。まだ世間のイメージが固まっていない人のほうがいいだろうと、奥平くんにお願いした。お願いしてよかったですね。
菅田:怪物的な魅力があって、演じる人で変わる役ですよね。10代から20代前半の俳優がこの作品を見たら、「うわ、俺がやりたかった」って一番嫉妬する役だと思うし、俺も10年前に観たらそうだったと思う。