木々が芽吹き、野にも公園や庭木の植え込みにもさまざまな花が咲く季節となりました。ところが、すがすがしい新緑の野山を歩き、ふと樹影深い林下に目をやると、藪から鎌首をもたげた奇妙な姿の怪物が!胴体は鎖形のまだら模様、どす黒い色の頭は口が裂け。のど元には不気味な筋状の斑点が。ヘビ!? お化け!? と、よく見直すと、どうやら動物ではなく植物のよう。これが野草の中でも格別変わった外見で知られるテンナンショウの仲間です。
この記事の写真をすべて見るほんとにあったテンナンショウの怖い話
少年は野山をうろつくことが大好きだった。あるとき少年は、薄暗い森の中で、魔女のような化け物が何匹もたたずむのを目にしてふるえあがり、家に逃げ帰った。その日あったことを親にも話せず、夜寝床に着く前に便所に行き、ふと汲み取り式の便器の下に目をやると、そこに昼間森で見た化け物が漂っていた…。
野草を紹介した地方出版社のとある本に書かれていた、本の著者の幼少期のエピソードです。ここで語られている「化け物」というのは、薄暗い林に生えるマムシグサのこと。
マムシグサは、サトイモ科テンナンショウ(天南星:Arisaema、英語ではCobra lilyとも)属の一種。テンナンショウの仲間は世界に150~200種、日本には30種ほど(変異や亜種が多数あり)が自生しています。コンニャク、ミズバショウも近縁です。漢字では「天南星」。あの、全天でシリウスの次に明るい恒星カノープス(布良星)のこととも、夜空に広がる星の意味をあらわし、特徴的なヤツデのように広がる鳥足状複葉を、星が広がる様にたとえたもの、とされています。
テンナンショウという属名は、漢方薬が由来。
マイヅルテンナンショウ、ムサシアブミ、マムシグサ、コウライテンナンショウなどの塊茎を輪切りにし、石灰でまぶして生成します。サポニン、安息香酸、デンプン、アミノ酸などを含み、
去痰、鎮静、抗痙攣などの作用があり、中風、破傷風、熱性痙攣などに使用されます。
また粉末を傷に塗ると、鎮痛効果や殺菌効果があるとされ、かつては家庭でよく使われていたとか。
この毒性をかつて便所が水洗ではなく汲み取り式がほとんどだった頃、農家では便槽に湧く害虫駆除のためにマムシグサを根ごと引き抜き、便槽に放り込んで殺虫剤として使用していました。子供たちにとっては昔のトイレはそれでなくても恐怖の場所で、そこに奇怪なマムシグサが浮んでいたら、さぞ怖かったことでしょう。似たような思い出を、年配の方たちが語っていました。
男にも女にもなれる奇怪な花、それは恐怖のフードコート一号館・二号館
テンナンショウは多年草。実生の個体は数年は花をつけず、葉だけが生えては秋に枯れることを繰り返し、その後根茎が太って小さい花をつけるようになります。ちなみに、ヘビの鎌首にも似た花のような部分は実は花ではなく仏炎苞(ぶつえんほう)といい、この中に小さな花(おしべorめしべ)をたくさんつけた肉穂花序が収められています。そして、まだ株が若い時期のテンナンショウは必ず雄株。株が成熟し大きくなるとなんと雌株に性転換します。ところが、土がやせていたり何らかの環境変化で雌株がやせてくると雄株に戻ってしまうのです。