深夜市場で稼いで1号店を軌道に乗せ、妻が考えたサラダやオムレツが当たって、3年目は満席で客が外で待つようになる。近くに持った2号店も、メニューを工夫して客を増やす。次の転機は、7年目に開いた3号店で起きる。ある夜、近くで違法駐車の一斉摘発があり、客の誰かが「駐車禁止の取り締まりだ」と言うと、多くが出ていった。「そうか、みんな、車できていたのか」と気づく。

 確かにアルコール類はあまり出ていなかったが、てっきり駅を利用する客が寄っている、と思っていた。実は自宅から車できている人が多いと知り、「それなら家賃が高い駅前に店を出さなくても、郊外に駐車場付きで出したら、もっときてくれるのではないか。酒抜きで食べてもらえばいい」と、今度は「郊外市場」を狙う。

 加古川市内のバイパス近くのマンションの1階に出した4店目が、家族連れで大ヒット。ファミリーレストランのブームが落ち着いたころで、いくつも店が売りに出た。主要な道路に面して駐車場も広く、出店にぴったりで、店が増えていく。

「店を三つは持ちたい」という夢は、超えた。ただ、何か、すっきりしない。「深夜市場」に続いて「郊外市場」で成功しても、店の差別化に確固たる自信へ至っていない。競争相手の登場に、どこかおびえていた。

集客力に驚いた「体験価値」を売る讃岐うどんの製麺所

 進路が大きく拓けたのは、父の故郷の香川県丸亀市。90年代末に寄ったとき、長い行列ができた店が目に入る。讃岐うどんの小さな製麺所だ。客は椀を手に、醤油をかけた素朴な味のうどんを食べていた。セルフ方式で、県外ナンバーの車もきていて、集客力に驚いた。

 そのとき、自分の勘違いに気づく。いい品、美味しい品を出せば客にきてもらえると思ってきたが、製麺所は商品だけでなく「体験」が売り物だ。目の前で小麦粉からうどんができて、ゆでて出るプロセスを、客は共有する。その「体験価値」のために、みんな、きていた。「新しい業態だ。やってみよう」と答えを出す。『源流』からの流れが、勢いを増していく。

 2000年11月、加古川市に「丸亀製麺」の1号店を開く。店に製麺機を据え、選び抜いた小麦粉を置く。「これこそ、客が求めているものだ」と確信するまでに、年月は要らない。出店は続き、07年3月期に売上高の約4割を占め、2011年5月には、全都道府県へ出店した。

 ホノルルに海外1号店を出したのが2011年4月。「客は何を求めているか」の重要さは、世界のどこでも変わらない。「体験価値」の創造には手間ひまがかかり、いまどきの経営者の大半はやらない。でも、配膳ロボットなど新技術を使った効率化よりも、「時代遅れ」にみえても客の目の前でつくる形を大切にして、差別化を貫く。(ジャーナリスト・街風隆雄)

AERA 2024年9月16日号

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