イラスト:サヲリブラウン
この記事の写真をすべて見る

 作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。

【写真】この記事の写真をもっと見る

 *  *  *

 講演会やプロレス遠征、温泉1泊旅行で、週末は東京を離れる機会が増えました。そのたびに思うことがあります。愛着があろうがなかろうが、ホームベースを一旦離れることは、日々を心地よく生きていく上で非常に功を奏すると。

「場を変える」と言ったほうが、より正確かも。旅に出ずとも、普段と異なる面子が集まる場に参加するだけでもいい。シンプルに言い表すなら、気分転換。もう一歩踏み込むなら、ノイズの注入。昔は、それが面倒で旅をするのが苦手だったのだけれど。

 人間関係すらルーティーンで回せる日常は、日々の積み重ねによって培った尊いものです。なにも考えずとも、手が勝手に動いて物事が進んでいく。しかし、それを一時的に自ら崩すことは、中年には意味がある。旅に出て知らない人と肩書抜きで話したり、食べたことのないものを口にしたりすることで、意識の可動域が増えたように思います。

 ルーティーンですべてが回せる場では、脳にかかる負荷は低い。と同時に、役が固定されるゆえ、自分の価値も可能性も固定されてしまいます。

イラスト:サヲリブラウン

 仕事場では課長、家ではお父さんという納豆嫌いの人がいると仮定しましょう。仕事中は課長として振る舞い、家ではお父さんとして振る舞う。食卓に納豆が出てくることはありません。

 しかし、趣味サークルに単独参加すれば「課長」「父親」の肩書は自動的に外れ、それ以外の属性で自分を説明しなければなりません。旅に出れば、納豆を使った一皿が提供されることもあるでしょう。断るのも失礼と食べてみたら、意外と美味しいと感じるかも。そういうノイズが、自分に柔軟性を与えてくれます。

 座り心地の良い椅子に座っていたとしても、何時間も同じ姿勢でいたら、立ち上がるときに節々が痛みます。中年の居場所変えは、敢えて椅子から立つ時間を定期的に設けるようなもの。

 なぜそんな時間が必要かと言えば、座り心地の良い椅子から一生立ち上がらずに済むことはないからです。そして、同じ椅子に座り続けていると、たいてい人は尊大になるから。

 会社を辞める、家族のかたちが変化するなど、不測の事態は誰にでも起こるもの。そして中年ほどその変化に弱いもの。その時に心がポッキリいかないよう、役割をひとつに固定せず、居場所をいくつか作っておくことは、我々世代にこそ重要だと思います。

AERA 2024年9月16日号

著者プロフィールを見る
ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

ジェーン・スーの記事一覧はこちら