政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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千葉県佐倉市にあるDIC川村記念美術館をご存じでしょうか。レンブラントやモネ、ピカソといった近代西洋美術から、アメリカ現代美術のアンディ・ウォーホルまで、754点の美術作品を所有する私立美術館です。この美術館が来年1月下旬から休館することが発表されました。その理由は、今のままでは美術館の現状維持が難しいから。今後は、東京への移転を想定した「ダウンサイズ&リロケーション」と「美術館運営の中止」の二つの案で検討されるということです。
私がはじめて川村美術館に足を運んだのは、2009年、NHK「日曜美術館」での撮影のときでした。ゲストは作家の高村薫さん。その高村さんが敬愛する画家、マーク・ロスコのコレクションを見に行ったのです。川村美術館に一度でも足を運んだことがある人ならわかると思うのですが、この美術館のすばらしさは、所蔵作品だけではありません。広大な敷地にある美しい庭園、建築物という恵まれたロケーション。日本を、いやヨーロッパを見渡しても他の追随を許しません。この広大な土地がある千葉だからできた、そういう意味で地の利を生かした唯一の美術館です。
今年の4月に英国のフィナンシャル・タイムズが、DICに対して川村美術館所蔵の美術品を処分する覚悟があるのかというような記事を出しました。川村美術館の広大な土地と美術品の評価額には開きがあり100億円から1千億円とも言われていますが、いずれにしてもDICにとって美術館運営は赤字で資本効率が悪く、株主に対する責任が果たせないというわけです。
なぜ公益財団法人に移しておかなかったのかという疑問は残りますが、ここで考えたいのは、美術館の所蔵品はある種の人類の財産だということです。これを株主への利益還元を理由に運営を廃止し、場合によってはオークションにかける。そうなった場合、一般公開はできなくなります。日本は、文化財やアートなどに対して、しっかりと保存しながら、どうしたら長期的に美術館や劇場を運営できるのかを議論していかなければいけない時期にきていると思います。これは川村美術館だけの問題ではないのではないでしょうか。
※AERA 2024年9月16日号