祝儀の全てを握りしめて「オレがお前たちのために増やしてきてやる」と場外馬券売り場に消えた人もいた。でも立前座には逆らえない。増えたかどうかは覚えていないけど。
その日、前座の中から開口一番の高座に上がる者を決めるのも立前座だ。土日祝日のお客の多い日は自分が上がる、なんて立前座もいる。そんな人はまず良く言われない。なんなら「10日興行の10日間、毎日オレが上がる!」なんて立前座もいる。立前座が絶対なので、理屈ではそれが許されるが陰ではクソミソに言われている。
反対に全く高座に上がりたがらない人もいる。「朝左久さん(私の前座名)、毎日上がっていいよー」なんて言われて、池袋演芸場で毎日開口一番に上がったこともあるが、落語が嫌いだったあの兄さんは今どこで何をしてるのだろう。
仲間内の評価と、上からの評価がまるで違うこともあるのが立前座。真打連から「あいつは仕事ができるねぇ」なんて言われていて、寄席以外の仕事がひっきりなしの売れっ子立前座が、下の前座からはめちゃくちゃ評判が悪いなんてことはけっこうある。
「オレは売れてるんだからさー。オレの評判落とさないようにちゃんと働いてくれよなー。オレみたいにやらないとお前たちも売れないぞー」なんて、楽屋裏に後輩を一列に正座させてクソみたいな自慢小言を吐きかけていた先輩もいたなぁ……。
いけない……つい遠い目をしてしまった。
面白いのは二ツ目に昇進したからといって、前座のときの勢いが持続するわけではないこと。かえって前座のときはダメダメでも二ツ目になるとドーンっと売れたり、スーパー前座と呼ばれるくらいの働きをしていても、二ツ目になるとサッパリだったりとか……。とにかく定年のない商売なので、いつどうなるかはわからないのだ。
今回は自分のことを棚に上げて、言っておりますよ。