尾崎世界観(おざき・せかいかん)/1984年、東京都出身。「クリープハイプ」のヴォーカル、ギター。2016年に小説家デビュー。20年『母影』に続き、24年『転の声』でも芥川賞候補に選出(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 迷いもためらいもなく、人生を歩んでいくことは難しい。立ち止まったり、後ろを向いてしまったり……。そんなとき、進むべき道を照らしてくれる言葉について、ミュージシャン・作家の尾崎世界観さんが語った。AERA 2024年9月2日号より。

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 結成23年を迎えるロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカルであり、小説家として新作『転の声』で2度目の芥川賞ノミネートを果たした尾崎世界観さん。表現者としての歩みのそばには常に言葉があった。ひとつめは小学5、6年のときに図工の先生に言われた、

「コソコソしてないで、やりたいならやりたいって言えばいいんだよ。」

 という言葉だ。

「自分は勉強もできないし、泳げないし、野菜嫌いで給食の時間も憂鬱。そんな学校生活で図工の授業だけは好きだったんです。先生が変わった方だったんですよね。いつも絵の具で汚れた美術室の奥にいて、煙草の匂いがして、授業でチャップリンの映画を観せてくれたり。後にRCサクセションの『ぼくの好きな先生』を聴いたとき『そのままだ!』と思いました」

 ある授業中に「絵を描いた人から段ボール箱の中にある木材で好きなことをしていい」と言われた。絵の具を使うのが嫌いだった尾崎さんはこっそり隠れて段ボール箱を探っていた。「おい」と見つかって「やばい、怒られる」と思ったときに言われたのが冒頭の言葉だ。怒られるよりもショックだったという。

「この人が言うなら」

「『やりたいことがあるならコソコソしないで最初からやれよ』と。隠していた自分の心を当てられた気がしました。結局、そのあと絵の具で絵を描いたんですが、それを先生がコンクールに応募していて、佳作を獲ったんです。賞をもらうなんて初めてで、自分ができないと決めつけていたことを面白いと認めてくれる人もいるんだと思った。それもあって忘れられない言葉になりました」

 卒業後、先生とは会っていない。だが同じ小学校に進んだ3歳下の弟が、先生から「兄貴に渡してやってくれ」とCDを託された。どこからか尾崎さんが音楽を始めたことを聞いていたらしい。廉価版のインストゥルメンタルCDでエリック・クラプトンの曲などが入っていた。自分を覚えていてくれたことが嬉しかったと尾崎さんは言う。

「言葉は誰が言うかが大事。シンプルな言葉ほど『この人が言うなら』というのがあるんですよね」

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優しい人の言葉よりも、嫌な人間の言葉の方が残る