海部陽介『日本人はどこから来たのか?』は、タイトルどおり、古くからある大いなる問いに対して独自の新説を展開する。海部は、国立科学博物館で人類史研究グループ長を務めている。
 そもそも、アフリカで誕生したホモ・サピエンスがアジアに拡散していく経緯については、海岸移住説が定説のように語られてきたらしい。アフリカを出た彼らはインド洋に面した海岸を東へと進み、一部はオーストラリアへ、一部は北東アジアまで移動したとする海岸移住説。しかし海部は、移動の開始時期とアジア地域に遺跡が残されるまでの空白期間2万年に注目し、この説に強い疑問を抱く。
〈2万年もの間、祖先たちは海岸にへばりついていたことになってしまうが、果たしてそんなことがあり得ただろうか?〉
 そこで海部は、「遺跡証拠の厳密な解釈」と「周辺地域の探索で終わらずグローバルな視座から比較する」という方法論を使い、〈「信頼できる/有用な」初期ホモ・サピエンスの遺跡地図〉を作成。この新しい地図によって、私たちの祖先たちが一度に、アジアやヨーロッパをふくめたユーラシア大陸全体へと拡散していったことを発見する。
 かくしてヒマラヤの北と南に分かれた祖先たちは、3万8千年前頃、日本列島に現れる。そのことも、海部が作成した遺跡地図を見るとよくわかるのだが、そうなると次の問題は、進出ルートだ。この列島に、彼らはどうやって渡ってきたのか?
 海部は対馬ルート、沖縄ルート、北海道ルートを提示し、最初の日本人が「航海者」だったと持論を展開。その上で、〈最初に日本列島にやってきた人々の血が、部分的に私たちに受け継がれている〉と書いた。長い長い人類史から見れば、私たちはいくつもの民族の混血であり、祖先の血もその一部でしかないのだろう──特定の民族の優位性を説く不毛を、学術的に教えてくれる壮大な一冊である。

週刊朝日 2016年3月18日号