通りに面した大きなガラスは割れたまま。修理の依頼はしているが、なかなか順番が回ってこず、ブルーシートでふさいで雨風をしのいでいる。それでも、
「美容室の青と赤、白のサインポールが回っていると、ホッとする」
そんな町の人の言葉を励みに、営業を続けてきた。
ドアを開けると陛下と雅子さまが
天皇陛下と雅子さまが町を訪れた日も、馴染みのお客の髪をカットしていた。ドアに近い大きなテーブルには、同じ商店街で洋服店を営む母娘や店の大家さん夫婦が座り、「天皇陛下と雅子さま、見えるかな」と話をしていた。
吉村町長の説明を聞きながら、陛下と雅子さまが歩いてきた。両陛下は、店の前にある横断歩道を渡り、バスに乗る予定だった。
近づいてくるおふたりに向かって、店内からガラス越しに、お客たちが大きく手を振った。それに気づいた様子のおふたりは町長に何か話しかけ、町長もうなずきながら店を指さした。
そして、町長が美容室に歩み寄ってきて、引き戸のドアを開けた。
ドアの数センチ先には、天皇陛下と雅子さまが立っていた。
カット中だった店主の女性も、店内でベンチ椅子に座っていた大家さんや知人らも、意外な出来事にそのまま動けなかった。
おふたり同時に「大丈夫でしたか?」
「大丈夫でしたか?」
天皇陛下と雅子さまの声が、重なった。
我に返った店主の女性は、両陛下が立つ店のドアまであわてて駆け寄った。
雅子さまは、大きくはないが、ゆっくりと聞き取りやすい声で、たずねた。
「いつから(お店を)再開されているのですか」
2月にお水が来たので、2月から再開しています。答えた女性に、雅子さまはこう返してくれた。
「大変でしたね。身体に気をつけてやってください」
雅子さまの隣で、陛下も「うん、うん」といった様子でうなずいている。