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 Z世代の女性向けエッセイ投稿サイト「かがみよかがみ(https://mirror.asahi.com/)」と「AERA dot.」とのコラボ企画は、今月21日の「女子大生の日」にあわせた第4弾。「わたしの『学び』の先には」をテーマに、エッセイを募集しました。多くの投稿をいただき、ありがとうございました。
 投稿作品の中から選ばれた入賞作を、「AERA dot.」と「かがみよかがみ」で紹介します。記事の最後には、鎌田倫子編集長の講評も掲載しています。今企画での大賞作品は、8月21日に発表します。
 ぜひご覧ください!

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「何のために、今、その大学院を受験したいと思うの?」

そう、夫に問いかけられた。
 

◎          ◎ 

悔しかった。同時に「さすが私の夫」だと思った。
彼はいつも私の本心を見抜いてくる。
疑問を投げかけてくる姿勢を見て、「この人とだったら、ずっと成長できる気がする」と思って結婚した。

「成長できると思ったから」

そんな私の結婚の決め手を、彼は「それ、転職理由みたいだから」と笑い飛ばす。

25歳で新婚。
社会人4年目で、転職して約半年。
経営学の社会人大学院の説明会に行き、「出願9月」と書かれたパンフレットを見つめ、「受験するなら今年しかないよね」とつぶやく私に、「何のために学ぶの?」と問いかける夫。
 

◎          ◎ 

経営学は、正直、私が本当に学びたかったことではない。
私は、大学卒業後、海外の大学院に進学するつもりで、語学試験も最上位の級まで合格し、準備を進めていた。
当時交際していた外国人の婚約者と結婚して、海外の大学院で学ぶつもりだった。

だけれど、新型コロナウイルス感染症が予期せぬ形で私のライフプランを邪魔してきた。
大学を卒業しても、いつ海外に行けるかわからない。
そんな状況下で、私は進学を諦め、就職し、その婚約者ともいつの間にか別れてしまった。
3年間の遠距離恋愛が終わった。

「学問として好き」とは一味違う、「仕事として好き」を追い求めて、キャリアを積んできたつもりだった。
だけれど、私は「修士号」が欲しかった。アカデミアの世界で仕事がしたかった。
結婚するときに、私が苗字を変えず、夫が苗字を変えたことも、私が大学院に固執することに、少なからず影響がある気がする。
せっかく残った私の苗字を生かさないといけないという責任感を感じてしまう。
夫は「かおりんの苗字の方がかっこいいから」という何とも簡単であっさりした理由で苗字を変えたのだから、私が悩む必要はないと分かっていても考えてしまう。
私が、大学院で学ぶことを焦ってしまう理由を考えてみた。
 

◎          ◎ 

未婚で独身の頃は、私が20代前半ということもあって、子どものテーマを振られることはほとんどなかった。
結婚せずに子どもを産む人が少数派である日本では、やはり「出産」の前に、「結婚」があり、「まずは結婚でしょ」という雰囲気を感じていた。

結婚したら、私の次のステップは「妊娠」だと気付かされた。
「子ども」というテーマがいつも付きまとわってくる。
結婚式の招待状を送ったら、家族ぐるみで仲良くしている、夫の友人から、「子どもが生まれるまでの、2人だけの時間は貴重だから、楽しんでね」という返信が届き、もやもやした。

子どもは生まれる前提なのだと。
私は子どもを産まなければならないと。
彼との子どもはかわいいだろうなと思う瞬間もある。
だけれど、出生前診断でもすべての発達障害を調べきることはできないと最近知り、子どもを産むことが怖くなった。

「もやもや」がたまりすぎて、毎晩ただひたすら泣いていた日々があった。
なぜ私が泣いているのか、自分でさえわからなくて、「結婚して、好きな人と暮らして幸せなはずなのに、毎日が嫌になる」と夫を困らせていた。
結婚したかったのは夫だ。「25歳で結婚して、30歳でお父さんになりたい」という夢があったらしい。
私は結婚に憧れがない人で、結婚式さえやらなくてもいいと思っていた。
ウエディングドレスを着て、スタジオで前撮りを撮れば満足だった。
「結婚しなければよかった?」と聞かれて、即答で「ううん」と答えられなかった自分を責めた。
 

◎          ◎ 

ある日、腹を割って話しあってみた。
彼の言う「かおりんがやりたいことをして、好きな人生を歩んだらいい」「子どもは後でいい」というのは本当だった。
私は25歳。彼は私よりも3歳年上で、もし「30歳で父親になりたい」が絶対なのなら、私にはあと2年しか自由時間がないと思い込んでいた。

あと2~3年しか時間がないのだから、「身軽なうちにやりたいことを叶えなきゃ、大学院に行くなら今だ」と自分を追い込んでいた。

「若いうちに結婚したんだから、若いうちに産んだ方が後が楽よ~」という周りからの重圧。

夫をいつかお父さんにしてあげたいという気持ち。

まだ「母親」になりたいと思えない自分の正直な気持ち。

仮に、将来の30歳の私が「大学院で学んだことを生かして、さらに転職してキャリアアップしたからまだまだ働きたい。今は産むタイミングじゃない」と言ったとしても、夫は私を責めたりしないと約束してくれた。
 

◎          ◎ 

私にとって、学ぶことは、「妻」「母親」という役割から離れて、「私」を形作る手段なのだと思う。
子どもが生まれたり、親の介護が必要になったら、仕事をある程度妥協する時期が来るのかもしれない。

それでも、大学院の学びだけは、周りの様々な要因に左右されないものだと信じて、とりあえず、大学院出願に必要な、卒業証明書と成績証明書の発行を手配した。
手数料や送料を含めると1300円。
「1300円も支払っちゃったから、もうやるしかない」と意気込む。1300円なんて、ただのランチ代だけれど。

転職、引越し、結婚が数ヶ月間の間に立て続けに起き、これから結婚式準備だってあるけれど、多分私はやってのける気がする。まずは出願してみようと思う。
 

「AERA dot.」鎌田倫子編集長から

 いつ産むのか。キャリアとライフイベントは女性にとって大きなテーマです。

 ハッキリ言って、全員に同じ「正解」はないでしょう。モヤモヤし、答えがでないまま、人生はすすんでいるさまを潔く文章にしたところに好感が持てました。

 言葉にすることで一歩が踏み出せるかもしれません。それもエッセーの可能性ですね。