マスコミに登場して以来、作家、歌手、テレビタレント、政治家などの顔で世間を挑発し続けた野坂昭如。だが、2003年、脳梗塞に倒れて以降はマスコミの表舞台から消えた。その後は、リハビリに励みながら暘子夫人による口述筆記で、精力的に文筆活動を持続したが、昨年12月9日、12年半に及んだ闘病生活に終止符が打たれた。85歳だった。
 本書は、9年前から死の数時間前まで書き綴られていた「新潮45」に連載の「だまし庵日記」を軸に、闘病の折々に発表されたエッセイなどを交えて構成されている。日記には、その日の気候、食事のメニュー、体調の具合などが克明に記録されているが、随所に政治や社会情勢についての「野坂節」も現れる。
 一貫して「戦後日本の繁栄は夢であった」と語り続けた野坂は、食糧、原発、沖縄、防衛などの問題に本気で取り組んだ作家でもあった。死の当日、日記の最後の一行にはゾッとするほど怖い言葉が刻まれている。「焼け跡闇市派」を自称した小説家だけに、この「予言」が的中しないことを願うばかりである。

週刊朝日 2016年3月11日号

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