この夏、甲子園にまた一つ新しい楽しみ方が加わる。長年、地上波で実況中継を続けてきたABCラジオが、ラジコのプラットフォームを利用して全試合の中継をネット配信する新サービス「オーディオ高校野球」を立ち上げるのだ。AERA増刊「甲子園2024」の記事を紹介する。
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ABCラジオの高校野球中継が始まったのは開局翌年の1952年。以来70年以上にわたり放送を続けてきたが、プロ野球中継のため4試合目の途中で中継が途切れてしまうという弱点があった。近年は暑さ対策で進行が遅れがちでこの傾向が強まっていたが、「オーディオ高校野球」ならば全国どこからでも無料で、全試合を開始から終了まで完全中継で楽しむことができる。
音声のみで聴く高校野球には、テレビ観戦とはまた違った味わいがある。そのポイントについて、1987年から30年以上にわたって実況を担当しているABCアナウンサーの中邨雄二さんに聞いた。
まず、高校野球の実況特有の事情が、実況に詰め込むべき情報の多さだという。中邨さんはこう語る。
「たとえば大谷翔平だったら左打ちの大柄の選手だと、皆さんご存じですよね。高校野球は違うので、右打ちか左打ちか、体格はどうなのかから丁寧に説明する必要があります。どんな野球環境で育ち、地方大会はどんな成績で、どうやってレギュラーを勝ち取ったかなど、一人ひとりの背景も地方紙などを読みあさってできる限り言葉にする。校名だけでは何県代表か分からない場合もあるので、県名も何度も繰り返し言うようにしています。プロ野球より1試合の時間は短いのですが、終わるとものすごい疲労感があります(笑)」
中邨さんが忘れられない中継の一つに挙げるのが、第88回大会(2006年)準々決勝の智弁和歌山−帝京(東東京)だ。九回表、4点を追う帝京が一挙に8点を奪い逆転。帝京ベンチは歓喜に沸いたが、中邨さんはその光景に混じる一つの「違和感」を見逃さなかった。
「帝京の前田三夫監督だけ硬い表情のままだったので、『表情、監督だけは笑っていません』としゃべった記憶があります。ゲストの先生に話を振ると、表の攻撃で投手に代打を出してしまったからだろうと。控え投手はあと1人しかいない。結局、九回裏に智弁和歌山に逆転サヨナラ負けを許してしまうんですが、そのことが前田監督にだけは見えていたんですね」