英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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Loveless Landslide(愛なき大勝)。英国労働党の総選挙での勝利は、本国ではそう呼ばれた。411の議席数(前与党保守党は121議席)を見れば圧倒的勝利だが、獲得票数は違う構図を示していたからだ。
「大勝した」労働党の獲得票数のシェアは34%と実は少なかった。「大敗を喫した」と騒がれた2019年総選挙でのコービン前党首の労働党は32%。大差ない。つまり、今回は小選挙区制で勝つためのスマートな政治力に優れていたのだ。
英国では獲得票を「popular vote」と呼ぶ。人気が反映されているのはこちらだからだ。今回は保守党が24%で、「ミスター・ブレグジット」ことN・ファラージのリフォームUKが14%で3位になった。議席数5しか取れなかったが、獲得票数はなんと400万を超えた。
大敗した保守党より、当面、新政権がより強く意識するのはファラージの動きだろう。タブーなき物言いをする彼は常にネタを提供してくれるので、排外的と批判しながらもメディアは大きく取り上げる。
対照的に、スターマー党首はこれまで「退屈」路線で来た。すぐ炎上するネット時代に対応し、はっきり何か言うと叩かれるので具体的にものを言わず、どの陣営も怒らせないようふわっといい感じにまとめているうちに、あんまり意味がないことばかり言うようになり、「政治家ロボットみたい」とも評された(政治家AIってこんな感じかな、と私も党首討論放送を見ながら何回か思った)。
これが機能したのは、労働党は保守党を大きくリードしていたからだ。「勝ちに行く」のではなく、「負けない」戦略を取ったのだ。しかし、今後はどうだろう。炎上上等のスタンスでファラージは右側から攻めてくる。しかも、労働党の頭痛の種である移民問題で。保守党の票を奪って下野させた今、「次は労働党だ」と彼は公言している。
スターマーが労働党から追放した前党首コービンも、今回は無所属で当選を果たしており、イスラエルへの武器売却禁止を求め、左側から政府を厳しく突いてくるだろう。「愛なき大勝」は、安定ではなく、新たな混乱を招く土壌になりかねない。
※AERA 2024年7月22日号