「首里の馬」での芥川賞受賞から3年。『パレードのシステム』(講談社 1650円・税込み)は、高山羽根子さん自身を思わせる美術家の「私」が、祖父の自死をきっかけに実家のある町に帰ったことから始まる。
そこで祖父が、日本の植民地時代の台湾に生まれ育った「湾生(わんせい)」と呼ばれる子どもだったことを知る。そこから日本統治下の台湾のことを調べ、知人の誘いで台湾を訪問。当地の葬儀に参列し、日本とは違う台湾の風景や死生観、儀礼に触れ、次第に「私」の感情が変化していく──。
台湾をテーマにするのは2020年刊の『おかえり台湾』以来2作目。同書は声優・池澤春菜さんとの旅を綴った旅行記だが、それ以前から、小説という形でも自身の「台湾像」を形にしようと考えていた。
ただ、新型コロナの感染拡大という予想外のことが起きた。「書き始めたのは20年の年明けでしたが、すぐにコロナ禍になって海外渡航が難しくなってしまいました」
しかし、それがいい方向に作用したと高山さんは語る。
「現地取材ができなくなって、ネットや図書館などの資料頼みになると、どうしても“体験”が乏しくなる。だから、読者が視覚や聴覚などいろんな感覚を味わえるよう、風景描写にはいつもより力を入れました」
実際、台湾のカフェや博物館の描写は細部まで入念で、その場にいるような臨場感を覚える。
さらに、その綿密さは、日本と台湾での「死」の相違を描く上では避けられないことだったという。作中では「消毒された無菌性」という印象的な言葉で、日本での「死」の多くが入念に秘匿されていることが語られる。
「たとえば日本の葬式では、亡くなった方の写真を撮ってSNSにアップするようなことはありませんよね。でも台湾や中国では真逆で、なおかつお祭りのような形で盛大に営まれます。私が現地で知った“立体的な死”を反映させることも本作では意識しました」
「顔」に関する興味深い考察も出てくる。「私」は人の顔をテーマにした作品の制作を行っているが、作品をめぐって美大時代の唯一の友人・カスミとの間に不和が生まれ、やがて彼女は自らの命を絶ってしまう。
また、現地を案内してくれた台湾人・梅さんの父や祖父が「一度見た人の顔を覚える才能」を有していたこと、その祖父の能力が戦前の台湾で日本人の統治に利用されたことが明かされ、「顔」が重要なモチーフであることが読み取れる。
「人間は基本的に相手の表情を見て、その人の思いを判断しますよね。生活の中で顔の占める役割は大きい。でも、体の一部だけに振り回されるというのは、なんだか滑稽です。そんな顔への興味が、今回の作品を駆動させる一つの要素になったと思います」。美大で絵画を学び、今も創作を続けている経験が、本作の美術的な面白さに生かされている。(若林良)
※週刊朝日 2023年4月14日号