杉村英孝(すぎむら・ひでたか)/1982年生まれ、静岡県伊東市出身。TOKIOインカラミ所属。パラリンピックは2016年リオ大会で団体戦銀メダル。21年東京大会は個人戦BC2クラス金、団体戦銅(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 AERAの連載「2024パリへの道」では、今夏開催されるパリ五輪・パラリンピックでの活躍が期待される各競技のアスリートが登場。これまでの競技人生や、パリ大会へ向けた思いを語ります。

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 パラリンピック全28競技のうち、ほとんどは健常者のスポーツをもとに用具やルールを工夫して考案されたものだ。障害者発のスポーツは視覚障害の選手がプレーするゴールボールとボッチャの二つだけ。元になったスポーツがないため、どんな競技なのかイメージしにくく、ボッチャの認知度は10年前には数%しかなかった。それが、2021年の東京パラリンピックなどを経て、今では50%を超えるようになった。

 その立役者が東京大会で日本人初の金メダルを獲得した杉村英孝だ。左腕を振り子のように揺らして放つ精度の高いショットで、ミリ単位の戦いを制した。

「地上のカーリング」とも呼ばれるボッチャは、ボールを6個ずつ投げ、白い目標球のジャックボールにどれだけ近づけるかを競う。すでに目標球の周囲に球が密集している場合、それらが壁になってどう目標球にアプローチするか悩ましいが、杉村の放った球はスーッと近づき、密集にうまく乗り上げ、目標球のそばでビタッと止まる。この必殺技は「スギムライジング」と名付けられ、21年の流行語大賞でトップテン入りするほど、話題を呼んだ。

「どこにジャックがあっても柔軟に対応できる」と話す杉村だが、立体的にアプローチすることは、重度の脳性まひの選手にとっては簡単なことではない。脳性まひの影響で空間の全体的なイメージを把握する「空間認知」にも困難を抱えるケースが少なくないからだ。

「合宿などで、選手がどう見えているのか、ここまで何メートルなのかというテストもやったりしながら、実際の距離とのずれを修正し、感覚をつかんでいきました」

 リオパラリンピック後には、脳性まひにはタブーとされてきた筋トレも導入。筋肉に負荷をかけると筋緊張が増してしまうと考えられていたが、内藤由美子コーチの助けを借りて筋トレの後に体をほぐすことで筋緊張を防ぎながら、チューブトレーニングや腹筋に負荷をかける運動などを取り入れた。杉村はBC2クラスの中でも障害が重いほうだが、弱かった体幹が徐々に安定。空間認知を鍛え、筋力強化と基礎を重視した練習を積み重ねた。繊細な制球力はその努力の賜物(たまもの)だ。

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