熊野古道へ向かうバス。大半は欧米人だ(JR紀伊田辺駅前)
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 野古道はオーストラリア人の古道のようだった。宿で一緒になり、古道で行き交う。宿で一緒になる人の大半はオーストラリア人なのだ。

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 熊野古道を歩いた。

 熊野古道は、熊野三山(和歌山県新宮市の熊野速玉大社、田辺市の熊野本宮大社、那智勝浦町の熊野那智大社)を詣でる道で、田辺市から海岸線を通って那智勝浦町に延びる大辺路(おおへち)、田辺市から東の山間に入っていく中辺路(なかへち)、高野山から奈良県を通って熊野本宮大社に向かう小辺路(こへち)など、いくつかのルートがある。

お客さんの大半は欧米人。オーストラリア人が特に多い

 今回歩いたのは、そのなかでは一般的な中辺路ルート。滝尻王子から熊野本宮大社までの約38キロ。1泊2日コースだ。途中、民宿に泊まったが、その日の宿泊者は筆者を含めて4人。オーストラリア人ふたり、オランダ人ひとり。                       

 民宿の主人がこう話した。

「お客さんの大半は欧米人。オーストラリア人が特に多い。今日は日本人がひとりいて、妻と『珍しい』と話したほど。もう慣れましたよ」

 英単語だけを巧みにつないで宿の設備や食事の説明をする。筆者以外は皆、ベジタリアンだった。筆者に出された夕食は鶏肉料理だったが、ほかの3人は魚料理。民宿は事前に連絡を受けていたという。

 外国人と民宿をつないでいるのが、観光プロモーション団体で官民共同の一般社団法人「田辺市熊野ツーリズムビューロー」だ。外国人の予約の大半はまずここに入る。この団体は旅行会社のように部屋を確保しているわけではなく、リクエストベース。つまり海外から予約が入ると、熊野古道に沿った民宿に連絡を入れ、受け入れを確認して予約が成立する。そのとき、国籍や食事の制限などが伝えられる。

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下川裕治

下川裕治

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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観光客の伸び悩みで外国人をターゲットに