ヒコロヒー/1989年、愛媛県生まれ。Webサイト「かがみよかがみ」での連載をまとめた短編恋愛小説集『黙って喋って』(朝日新聞出版)を2024年1月に上梓。他著書にエッセー集『きれはし』(撮影/写真映像部・東川哲也)

「ばかだねえ」というお話の中に、何度も浮気されてしまうのに、そのつど謝られて、毎回許してしまう主人公が出てきます。その彼女の心の内を、居酒屋に並べられた料理の変化や、周囲の言葉がセミの声に聞こえてくるといった比喩で書いていて、それがすごくいい。同じことの繰り返しを歌詞カードに出てくる「米印」で表す描写なんて特によかった。私だったらこれらの描写一つ一つを歌にするなとすら思いました。

ヒ:えー俵さんが歌に! そんなめっそうもないことですが、うれしいです。

俵:ヒコロヒーさんが使う「米印」は、同じことを繰り返す意味だけではないんですね。私たちはカラオケに行くと、歌の繰り返し部分、「米印」の部分をいつも本気で歌いますよね。毎回、毎度、同じフレーズの繰り返しなんだけど熱唱する。浮気男も、それと同じで毎回本気で謝っている。そうした双方の意味を兼ねた比喩になっているんです。

何げない輝き思い出す

ヒ:「米印」の部分を褒められたのは初めてです。

俵:読んでいる私たちには、男のキャラクターが痛いほど伝わってきます。

ヒ:いや〜そこまで読んでくださるとは……「計算どおりです」と胸を張りたいところですが(笑)、そういった視点で読んでいただけるなんて、恐縮しきりです。

──ヒコロヒーさんが俵さんの短歌集を読まれたことは?

ヒ:私、俵さんの歌集『アボカドの種』を何度も何度も読んでいます。泣かずに読んだことはないくらい、本当に大好きな歌集です。なんていうんでしょう、一首一首が「日々の何げない輝き」を思い出させてくれます。俵さんの歌から、見過ごしがちな日常とはこんなにたくましいことなんだと、すごく力をもらい励まされました。

俵:その指摘は短歌を創り続ける上で非常に嬉しい励ましです。私もヒコロヒーさんの小説を読んで「あ、この瞬間、私にも覚えがある」とすごくリアルに感じました。

──特に印象に残った歌は?

ヒ:「人生は長いひとつの連作であとがきはまだ書かないでおく」ですね。

俵:私が祐真さんと出した最新のセレクション歌集のタイトルは、『あとがきはまだ』なんです。これは「ヒコロヒーさんが気に入ってくれていた歌だったな」と思い出して付けました。

ヒ:『アボカドの種』を読むたびに、今回こそ泣かずに読むぞと思うのですが、いつも励まされて泣けてくる。一首だけでなく歌集全体が俵さんの世界観を伝えていて、読んで読んで咀嚼(そしゃく)して、心の中にずんと落ちる。そんなこと他の本ではなかなかなくて……「こんな瞬間、あるよな」「この瞬間、輝いているよな」と実感することができます。

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